書評『雑巾がけ: 小沢一郎という試練』─真のエリート教育のための教科書 --- 増沢 隆太

2012年04月28日 19:05


雑巾がけ: 小沢一郎という試練 (新潮新書)

小沢判決その日に購入し、一気に読み終えたのが、現在一審有罪で控訴中の石川知裕衆院議員の著『雑巾がけ: 小沢一郎という試練』(新潮新書)である。

著者は文中何度も「これは平成の世での話である」と書いているが、理不尽でシステム化の真逆を行く、小沢一郎秘書としての経験が、正にこの「雑巾がけ」修行だったということだろう。


今回の小沢判決の決定打となったのは石川議員の取り調べ録音である。自ら認める「浪人生か書生のような頼りないルックス」に、調書まで捏造した最強捜査機関・東京地検もしっかりと手玉に取られてしまったのである。

小沢一郎の顔色に怯えてビクビクしている書生上がりの議員など、鬼の検察にかかれば瞬殺でゲロするだろうという読みの下、むしろ追い詰めて自殺することを恐れたとも言われる中、石川議員は決してこわもてすることなく、しかし着実に反攻を進めていった。

これは正に武道の達人は決してその「武」をひけらかすことなく、むしろ一見頼りなさげにすら見える風貌であることに通じる。勇ましい発言も、威圧する言動も、おそらくわかった上でとっていない石川議員、恐るべしである。

受験でエリート校に進んだ学生でも、昨今の厳しい就職環境においては挫折していく者が後を絶たない。これは受験「だけ」で優位性を発揮できても、真の競争力(コンピテンシー)や真のインテリジェンスを持っていないことを、就職面接では見抜かれてしまったからである。

逆に受験でも好成績を残せ、さらに本当の能力を持っている学生は、どれだけ就職環境が厳しくとも一人でごっそりと一流企業の内定を獲得している。

真のエリートは、フォーマットの決まった「受験」や、枠の定まっている業務でなくともその生産性を発揮できる。「何も教わらない」「何も指示されない」どころか、「怒られるどころか時として評価すらしてもらえない」小沢一郎秘書という過酷な環境。石川氏はそこで自らを導き、自ら判断し、自ら目標設定をし、さらにそのレビューすら自ら行える自律能力を涵養されたのだろう。

戦略的マネジメントのすべての逆を行く過酷で、前近代的な理不尽と非効率の世界が政界なのだ。しかし風頼りの学級会政治家と違い、人間の本性を揺さぶる術を学ぶ方法はこれしか無いのだ。松下幸之助が本当に実現したかった政治家養成は、この幸之助自らが通った丁稚奉公のエッセンスだったはずではないかとすら考えた。

本書は、政治であれ官僚であれ、ビジネスであれ、真のエリートが身につけるべきキャリアのエッセンスが盛り込まれた教科書である。学歴や知性だけではなく、現代の若者が得ることの出来ない「雑巾がけ」という修行の意味を理解できるなら、それこそ本物のエリートとなる。正に「買ってでも得た苦労」そのものである。

作家やタレント、大富豪の一族出身の政治家にはマネの出来ない自律能力を、失敗と苦闘の末、最後は刑事被告人にまでなって体得した石川議員。

実は小職も鬼の東京地検同様、石川議員を見くびっていた。しかし本書の帯にある恐ろしげな小沢一郎氏の近影と、それに添えた「史上最恐上司に仕えて」という見事なコピー。そもそも今、「雑巾がけ」というタイトルを付けるセンス。だてに隠し録音で小沢氏を救った訳ではない、石川氏の武人ぶりがうかがえる。

何も語らない小沢一郎に代わり、かつて最強自民党時代の最強幹事長だった選挙の神様の手法は、緻密で理論的でもあり、空中戦と地上戦というマーケティング理論にも合致する小沢流の選挙手法の解説にもなっている。

増沢 隆太
東京工業大学大学院 特任教授
人事コンサルタント

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