どうすれば「スマート」になれるのか?

2012年05月14日 07:00

日本経済の将来についての悲観的な見方を掘り下げていくと、その根幹に「情報・通信、エレクトロニクス産業の競争力の衰退」がある事が分かる。特に、日本のエレクトロニクス産業を代表するパナソニック、ソニー、シャープの御三家が軒並みに大赤字を出しているのを尻目に、サムスンが快進撃をしている現実を見せ付けられると、多くの人達が暗澹たる気持になってしまうのも仕方ないだろう。


「自動車」や「機械」、「素材」や「一部の電子部品」の分野での競争力は、そんなに衰えているわけではない。また、エレクトロニクス産業の主要なプレーヤーでもある東芝、日立、三菱は、カバーする範囲が広いので、現状でもそれほど悲惨な状態にはなっていないし、場合によれば「国際競争についていけない分野からは撤退してしまえばよい」という選択肢もある。

従って、当面は、「前述の御三家が、全世界の消費者向けエレクトロニクス製品で、サムスンと並ぶ地位を確立しうるかどうか」が一つの眼目になるといってもよいだろう。最低限これを果たさないと、中国メーカーに抜かれてしまうのは時間の問題となる。

結論から言うなら、私は「理論的には可能だが、現実には難しいかもしれない」と見る。

何事につけ、将来を占うには、現在起こっている事の原因を分析するのが先決だが、この観点から言うなら、現在の「サムスンの成功」と「日本の御三家の苦境」を分けているものは極めて明確だ。「スマートフォンで天と地ほどの差が出た」事と、「御三家が持っていない半導体分野でも、サムスンはそこそこに健闘している」という二つの事に尽きる。テレビやLCDで赤字を出したのは、サムスンも同じである。

日本の御三家ほど悲惨な事にはなっていないが、同じ韓国で宿敵のサムスンに大きな差をつけられてしまったLGも、事情はよく似ている。要するに「スマートフォン」が明暗を分けたのだ。まさに「たかがケータイ、されどケータイ」なのだ。

(これに加えて、LGに比べての日本メーカーの悲劇の原因としては、「地デジ移行に伴う駆け込みのテレビ需要に振り回された」事と、「日頃からの発展途上国等でのマーケティングの努力不足」がある)

そんな折りも折り、川端総務相は出張先のロンドンで「今後国際的に普及の拡大が予想されているスマートテレビの国際規格作りを日本が主導していく」と記者団に語ったらしい。これについて、多田光宏さんは、「日の丸スマートテレビ(笑)」と題する5月4日付のアゴラの記事で「アホか、馬鹿か」と痛罵しておられるが、私もほぼ同じ気持だ(現在の私の立場では直接口には出せないが…)。この様な発想が出てくる事自体、日本国の上層部が未だに問題の本質を一向に分かっていない事を如実に示している。

そもそもスマートフォンとは何か? それは、一言で言えば「インターネット端末として機能する携帯電話機」のことだ。これまでは「一般消費者向けのインターネット端末」と言えばパソコンしかなく、値段も相当高かったが、パソコンから「この目的の為に不要なもの」をばっさり削れば、これまでの高機能携帯電話機に毛の生えたようなコストでスマートフォンは作れる。

いや、そうではない。旧来の日本の高機能携帯電話機は、一機種毎に異なったアプリケーションをサポートするソフトとハードを作りこんできたので、一台あたりの開発費の償却がべらぼうに高かった。これに対して、スマートフォンは、「パソコンの様に統一されたOSを作り、その上で動くアプリは世界中の開発者に競って作ってもらう」というモデルを創ったので、トータルのコストは却って安くなったのだ。

長い間「日本の携帯電話機は世界一進んでいる。世界市場で売れないのは欧米のユーザーが遅れているからだ」と嘯いていた日本メーカーは、この「勘違い」が祟って、スマートフォン分野でも完全に出遅れてしまった。世界のトップに君臨するアップルとサムスンは勿論、これに続いてひしめき合う第二グループの中に入るのさえ難しいのが現状だ。

さて、「スマートテレビ」なるものも、結局は「スマートフォン」と同じ事になるだろう。要するに「インターネット端末として機能するテレビ」が「スマートテレビ」だと定義すれば、標準規格も何も要らない事になる。

そもそも、「スマートフォンの標準規格」なるものはこの世に存在しない(それを支える3Gとか4FとかWiFiとかの通信規格は存在するが)。

「かつてはノキアがSymbianでチャレンジしてきたが、アップルが一夜にしてiPhoneで圧倒的な差をつけ、Goolgeが提供する無料OSのAndroidを利用するサムスン等のメーカーがこれに対抗している」というのがスマートフォンの現状であり、典型的なデファクトの世界で物事は進んでいるのだ。

確かに、アップルもグーグルも「スマートテレビ」の分野に野心を燃やして、自社の全体システムの中に囲い込もうとしているから、これを許したくないという気持がある事は分かる。しかし、これは、所詮は上部レイヤーの「ビジネスモデル」や「コンテンツ・アグリゲーション」の話であり、テレビ受像機自体に求められるのは、そういった仕組みをサポートする若干のソフトだけだ。

私は、個人的には、「テレビは、『スマート(賢い)』である必要はなく、『大画面』だけが取り得の『ダム(馬鹿)』であったほうがよい」と考えている。「現存する放送サービス(地上波、衛星、ケーブル)の受信機能」はどこかにある必要があるし、「ビデオレコーダー(或いは、それに代わるデジタルデータ蓄積装置)」や「インターネット有線ブロードバンド回線への接続ノード」とつながる仕組みも必要だが、それだけでよい。

そうすれば、ユーザーは、比較的安いコストで家の中のあらゆるところに「画面とスピーカー」を置けるし、それを色々な目的で使える。勿論、現在、殆どのオフィスにはLANケーブルが引かれているのが当たり前であるように、近い将来は、どんな家の中にもWiFiがあるのが当たり前になるだろうから、ユーザーはこれ等の「画面とスピーカー」を何時でも好きなように使える事になる。

全ての操作は「スマートフォン」で行えばよく、ついでに、「ユーザーがたまたま家にいて大画面テレビの前に座っていたら、スマートフォンの画面の代わりにテレビの大画面で見る事も出来る」というオプションも付けておけばよい。

私が、日本の総務省、経産省、通信業界(特にNTT)、放送業界(NHK、民放連、ケーブルTV連盟など)及び、前述の御三家を始めとする家電業界の皆様方に強くアドバイスしておきたいのは、「これ以上『テレビ』や『電話』の過去の栄光にしがみつくのは止めた方がよい」という事だ。

そもそも、過去の十数年は、「電話網やデータ交換網」と「テレビ・ラジオ放送サービス」が「多種多様なコンピュータと周辺デバイスを繋ぐIP通信網」に徐々に置きかえられてきた歴史だ。然るに、日本では、通信業界や放送業界の技術力と政治力が強かった分だけ、不幸にしてこれが抵抗勢力として働き、この流れに素早く乗っていく事が出来なかったように思える。

残念ながら、もはや勝負はついた。「IP化」という「技術の大きな流れ」は、好むと好まざるに関わらず、世界的な規模で固まりつつある。日本の各メーカーやサービス業者も、これに対して「意味のない局地戦争」を挑むような愚は避け、この大きな流れの中で「侮れない存在」として生き残る事にこそ意を注ぐべきだ。

これからの日本メーカーは、「組み立て」や「擦り合わせ」の技術では、もはや発展途上国との大きな差別化は困難だから、これまで不得意としてきた「マーケティング」「新しいビジネスモデル」「ソフトウェアやグループウェア」「システムの全体構想(アーキテクチャー)」「ユーザー・インターフェース」等々で勝負するしかない。

(「ディスプレー」や「撮像素子」のような部品レベルなら、ハード分野でもチャンスはあるだろうが、これはまた別の議論である)

国がやるべき事は、間違っても「日の丸XXプロジェクト」といったものを推し進める事であってはならない。もし「自由で公正な競争を阻害するような規制や慣習」があればこれを取り除き、「日本市場と世界市場の同一化(非ガラパゴス化)」を促進し、「研究開発や海外投資を促進するような法人税制」を考え、更に出来れば、「市場を下支えする国家レベルでの通信インフラ(物理層)の整備」を後押しする事こそが必要だと認識して欲しい。

前述の御三家を始めとする日本のエレクトロニクスメーカーは、どうかスマートフォンを最後まで諦めないで欲しい。「ここに将来を占う全てがかかっているといっても言い過ぎではない」と思うからだ。

オーディオ機器も、カメラも、ゲーム機も、およそ個々のユーザーが常時携帯して使う類の機器は、全てここに集約してくるだろうし、前述のように、大画面テレビのような据付型の機器も、これと連動して使われるのが普通になるだろうから、もしこれを諦めてしまえば、一般消費者用の全てのエレクトロニクス機器分野を、永久に諦めてしまうに等しくなると思う。

よく考えて見れば、「サムスンには出来るが日本メーカーには出来ない」事がそんなに沢山あるとはとても思えない。当事者も「自分達は能力的に劣っている」とは決して思っていないだろう。何れにせよ、能力的には紙一重の筈であり、差があるとすれば、「事業への取り組み姿勢とスピード」だけだろう。

かつて「日本メーカーに学び、追いつき、追い越す」事がサムスンにとってのモットーだったように、「サムスンに学び、追いつき、追い越す」事を、日本メーカーは、これから自分達のモットーにすればよいだけの事だ。

日本メーカーが世界中で進行中の「ケータイからスマートフォン」へのパラダイムシフトに既に乗り遅れつつあるのは、要するに「スマート」でなかったからだ。それなら「どこがスマートでなかったか」を考えるのが、再生の出発点であるべきだ。「何故台湾のHTCが徒手空拳で始めた仕事を、その為に必要な基盤を既に持っていた自分達はやらなかったのか」を、先ずは自らに問う事から始めるべきだ。

今に至っても、なお格好をつけ、「自分達の強み」(例えば品質管理能力)だけを見て、その重要性を過大評価し、「自分達の弱み」(例えば世界市場戦略の欠如)を直視することなく、うまく行っていないのを誰か(例えば通信事業者)のせいにするような責任者がもしいるなら、もはや何を言っても無駄だろう。

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