原発事故は「ブラック・スワン」か

2012年05月20日 10:33

茂木健一郎氏からのコメントにツイッターでは答えられないので、ここに書いておく。

孫正義さんのこの議論、原発のblack swan性を考えると、決定的に重要です。 @masason 原発に百%の安全は無い。 自動車にも百%の安全は無い。 決定的な違いは、一回の事故でその国を壊滅させる程のリスクを伴うかどうかだ


まず問題は、原発事故が「ブラック・スワン」かどうかだ。タレブは、震災はブラック・スワンではないが、原発事故はブラック・スワンだとしている。その理由は、東電の想定していなかった原因(全電源の喪失)で起こったからだ。

通常の計算可能なリスクについては、確率で割り引いて考えればよいが、このような予想を超えた不確実性については、それを計算する根拠がない。それにどう対応すべきかについてはいろいろな考え方があるが、一つは「最大の被害を最小化する」というMinMax原則だろう。これに従うと、史上最悪のチェルノブイリ事故の被害を想定し、それを最小化することが問題になる。

かつて考えられていたように、チェルノブイリの死者が数万人という規模になるのであれば、「国家が壊滅」するので原発をすべてやめるべきだという主張も成り立つが、今のところ国連科学委員会で確認された死者は事故直後の60人だけで、放射性物質の拡散による晩発性障害(発癌率の増加)はまったく見られない。60人というのは炭鉱事故ぐらいの被害で、原発を全廃するほどの問題ではない。

福島の場合の最悪ケースは、近藤駿介原子力委員長の書いた「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」だろう。これは福島第一原発から半径170km圏内からの強制移住と同250km圏内からの避難が必要になるという試算で、菅元首相がパニックになったのもこれが原因だった。

しかし今では近藤氏自身も認めるように、このシナリオは荒唐無稽である。福島第一から出た放射性物質はチェルノブイリの1割程度で、200km圏に被害が及ぶことは考えられない。放射性セシウムが最大1000kmに飛散したチェルノブイリでさえ人的被害はなかったのだから、それより大きな被害はまず考えられない。

チェルノブイリ事故で死者が出た原因は、消火活動の不備(作業員が線量計もつけていなかった)と情報の隠蔽(ソ連政府が牛乳の汚染を隠したため子供が飲んで10人が死んだ)であり、放射性物質の拡散による被害は小さい。チェルノブイリで最大の被害をもたらしたのは、茂木氏も引用するように、ソ連政府が20万人以上を強制移住させたことによる2次災害である。

一方で、池田信夫さんのこの議論。 @ikedanob 原爆が都市を壊滅させることはあるが、原発が国を壊滅させることはない。原発のほとんどの被害は2次災害。 RT チェルノブイリ原発事故で最大の被害をもたらしたのは放射能ではない http://bit.ly/J1IYqH

チェルノブイリ事故がソ連崩壊の一因になったのは、過剰防護によるコミュニティの崩壊が原因であり、放射線障害とは関係がない。いま日本が学ぶべきなのは、この教訓である。

すなわち原発事故の放射線による被害より過剰防護による2次災害のほうがはるかに大きい。前者をコントロールすることは困難だが、後者は容易だ。政府が科学的に妥当な基準で防護を行なって被災者を帰宅させ、食品の安全基準も緩和すればよい。原発事故そのものは計算不可能なブラック・スワンだが、その被害はコントロール可能なリスクである。

追記:竹中平蔵氏(および八田達夫氏)の「大飯原発の再稼働に対し、大阪市が株主の立場で『収益最大化に反する、事故が起きたら東電のようになる』と主張すればいい」というのは、好意的に解釈すれば「ブラック・スワンにはMinMax原則を適用すべきだ」という主張とも考えられるが、上に書いたように誤り。福島の被害は経済的リスクなので、確率で割り引くべきだ。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑