グローバル化と国家社会主義の台頭

2012年05月27日 01:11

エルピーダメモリーが破綻したのに続き、ルネサステクノロジーが、業績不振のため、大リストラに踏み切るとの報道がありました。 このように、日本の製造業を取り巻く環境は、グローバル化の中で一層厳しくなっています。 

このような状況の中、自民党は、今後、10年間で200兆円もの公共事業を行うという国土強靭化基本法を6月にも国会に提出するようです。

ここでは、このような荒唐無稽な法案が提出される背景は何なのか、国家社会主義の台頭という観点から考えてみたいと思います。


グローバル化と広がる格差  

「労働の二極化」で書いたように、グローバル化、IT化は高スキルを持つ一部の人たちの労働の価値を高める一方で多くの低スキルの人たちの労働の価値を下げるので、グローバル化、IT化は、労働の二極化を進め、賃金格差の拡大をもたらします。 

分かり易く言えば、新興国の安い労働力で代替可能な低スキルの労働は、アウトソーシングされ、低スキルの労働の賃金が下がり、高スキルの労働の希少性が高まるため、高スキルの労働の賃金が上がるということです。

これを避けることは、不可能です。 実際、「フランス大統領選挙が示唆する日本の進路」で書いたように。ドイツは社会保障の切り下げにより労働コストを下げたため、フランスに比較して労働コストが下がり、現在、ヨーロッパ内では一番、経済が好調です。 一方、フランスは経済の低迷に苦しんでいます。 現実には、格差の拡大をある程度、受け入れることでしか、グローバル化、IT化に適応してゆくことはできません。  

日本はどのような状況でしょうか。 80年代までの、日本の経済発展を振り返ると、農村から都市への人口流入、日本人の勤勉性といった、平均的な質の高い労働力の供給が増大したために、高い経済成長が可能であったと言えます。  

しかし、上のように、平均的な質ではなく、高スキルの労働力の質と量により、優劣が決する、現在のグローバル経済の下では、日本人の労働力のアドバンテージは、ほとんど失われてしまっていると考えられます。 

現在、年功序列の賃金体系を維持していては、国際競争に打ち勝つことは、全く不可能で、優秀な技術者、研究者、プログラマーといった、高スキルを持つ、労働者の質と量を、高賃金を提示しても掻き集めないと、国際競争で敗北するのです。 

これが実際に起こっている象徴的な例が、電機業界であり、エルピーダメモリーの破綻、ルネサステクノロジーの不振、ソニー、パナソニック、シャープの巨額の赤字決算は、記憶に新しいところです。 「日本のグローバル化」は待ったなしの状況です。 

グローバルに人材獲得をする海外の企業に対抗するのに、日本国内だけに人材を求めていたのでは、到底太刀打ちできるものではありません。 

国家社会主義の台頭

フランス大統領選挙で、緊縮財政に反対するオランド候補が勝利し、ギリシャでは、緊縮財政に反対する左派が躍進し、再選挙が行われることになりました。 

こういう動きは、上に解説したグローバル化の格差拡大に抵抗する、国家社会主義の台頭とみなすことが出来るでしょう。 つまり、グローバル化の中で、とり残された人たちの反乱です。 

日本でも、非正規雇用の拡大、地方経済の疲弊など、社会に充満する不満を取り込む形で、藤井聡、京都大学工学部教授が、「列島強靭化計画」を提唱し、それに自民党が乗る形で、今後10年間で200兆円もの公共事業を行うという、国土強靭化基本法なる法案を6月にも国会に提出する意向です。

藤井教授の著書:「救国のレジリエンス」によれば、こういった巨大公共事業で、GDP900兆円の日本が誕生するそうですが、全く荒唐無稽な話です。

この政策が、グローバル化による、労働の二極化によって鬱積する、国民の不満を取り込む形で登場していることを裏付ける証拠に、藤井教授は、「「談合」の解体を求める米国の外圧の存在を知るべし」という論説の中で

米国がなぜ,こんな要求をしたのか―――それは言うまでもなく「談合の風習」は米国企業進出の“邪魔”になるからだ.そもそも日本固有の風習や文化なんてものは皆,米国にとっては単なる「非関税障壁」にしか過ぎないのだ.

と述べています。

国家社会主義に惑わされるな

国土強靭化基本法は、200兆円もの公共事業の実施で、皆が豊かになろうという美しい話ではありますが、実行すれば、確実に財政破綻を招く政策であり、全く賛成できません。 日本の本質的な問題は、グローバル化で衰退しつつある製造業に替わる産業を見出すことであり、ばら撒きで、豊かになれるはずはないのです。 

列島強靭化論のような荒唐無稽な国家社会主義的政策、TPP反対運動の急先鋒、中野剛志氏の反グローバリズムのような主張は、私から見れば、国際社会の中での日本という視点を欠いた、現実逃避にしか見えません。

新しい平衡点への移動には、一旦、峠道を登らなくてはなりません。 つまり、今の日本社会を、グローバル経済に適応した形に変えるのには、ある程度の格差を許容し、日本の国際化を実行しなくてはならず、そのためには、社会保障の削減、消費税増税、移民の受け入れ、年功序列賃金の廃止といった社会の改革を行わなくてはなりません。 その結果、一時的には国民の一部に痛みが及ぶことも覚悟しなくてはならないのです。 

グローバル化に背を向けたり、国家社会主義(=民族社会主義)に流されれば、皆で豊かになれるどころか、皆が一様に貧しくなるという結果になるでしょう。 皆が平等に豊かになれるユートピアは理想かもしれませんが、実現は不可能です。 

一時的には、大きな痛みを伴うことになるかも知れませんが、グローバル化した世界経済に適応した、日本社会を実現しなくてはなりません。 

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