福岡魚市場高裁判決と親子会社法制(多重代表訴訟)への影響 --- 山口 利昭

アゴラ編集部

旬刊商事法務の最新号(5月25日号)が報じているとおり、子会社不正を見逃した親会社取締役の責任を問う「福岡魚市場株主代表訴訟」の控訴審判決が4月13日、福岡高裁第4民事部より出されました。親会社株主が、親会社の取締役について、子会社不正を見逃したことについて任務懈怠ありとして、その責任を問うものです。高裁判断は福岡地裁判決(平成23年1月26日)の結論を支持し、親会社取締役らの責任を認める判決となりました。なお、昨年の地裁判決につきましては、こちらのエントリーなどをご参照ください。


控訴審判決でも、いわゆる「グルグル回し取引」の基礎となる「ダム取引」の経済的合理性(商社金融機能)は認めつつも、そのリスク管理が十分でなければ容易に架空取引に変容してしまうことは明らかとされています。そのうえで高裁判決は、子会社プロパーの取締役が主導していた架空取引について、十分な調査もせず(破たん寸前の時期において)子会社支援を継続した親会社取締役らに、子会社不正を見逃して(子会社支援決定という)安易な経営判断に至ったことに関する善管注意義務違反が認められる、としております。

親子会社法制については、このたびの会社法改正論議でもホットイシューとなっており、いわゆる「多重代表訴訟」を認めるかどうかが中間試案でも論点になっております。子会社不正を抑止し、企業グループとしての自律的行動を確保するために、親会社の株主が、子会社取締役の責任を追及できるようにすべき(多重代表訴訟を認めるべき)、との意見も根強いところかと。この意見に対しては、経済界からはグループ企業を活用した経営戦略を委縮させてしまう可能性があるのではないか、という経営管理面からの批判が出ていることとともに、子会社不正への対応としては、そもそも親会社の取締役の善管注意義務違反を追及すれば足りるではないか、との法制度面での反論も出ておりました。

地裁に続き、高裁も親会社の取締役らについて、子会社不正見逃し責任が認められたことについては、反対派の方々がおっしゃるとおり、多重代表訴訟までは必要ないのではないか、といった議論に有利に援用されることになるのかもしれません(このあたりは、またどなたかの判例評釈等でご議論いただきたいところであります)。

ただ、本件で責任が追及された親会社取締役の方々は、みなさん子会社の非常勤役員たる地位にあったことに加え、判決全文を読まなければわからない「特殊事情」もあることに留意すべきです。

ここからは私の勝手な推測にすぎませんが、福岡魚市場株主代表訴訟の事例を、どこまで一般化できるか、という問題です。地裁、高裁の判決を通じて、親会社の取締役の方々は、子会社取締役の不正を長年見抜けなかったことを前提とはしておりますが、現実に裁判官の方々は、素直にそう思っていたのかどうか、若干の疑問が残ります。むしろ、親会社の取締役の方々は、実は子会社取締役の架空売上の計上を知っていた可能性が高いのではないか、そのような子会社不正を親会社としては容認していたのではないか、しかしそこまで明確には証拠からは認定できないからこそ、少なくとも「見逃しについての任務懈怠」があったとして責任を認めても良いのではないか、といった思考過程が垣間見えるように思えます。このたびの高裁判決は、地裁判決よりも自信満々に株主側勝訴と判断したように読めたので、そのように感じた次第です。

「不正を知っていて放置」する場合は論外ですが、「子会社の監督はいちおう一般水準程度には真面目に行っていたけれども、不正を見逃してしまった場合」のすべてにおいて、本件が前例としての意義を持つのかどうか、そのあたりも著名な法律家の方々に論評していただきたいところであります。

なお、この高裁判決は、子会社不正に親会社取締役が対応しなければならない、とされるターニングポイント(子会社不正の兆候といえる事実とは何か?)についても判決文の中で触れているので、この点についてはまた別途、興味深い論点として問題を整理してみたいと考えています。子会社のどういった情報が親会社役員に届いた時点から、親会社は有事対応に切り替える必要があるのか、取締役の責任論と絡めて論じてみたいところであります。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年5月28日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。