日本脱出!

山口 巌

一昨日のアゴラ記事、日本から本社が消える日に対し多くのご批判を頂戴した。中には、わざわざメールアドレスを調べてメールを送って来られた方もおられた。


熱心に記事を読んで戴くのはありがたい限りである。しかしながら、批判の論点が今一つ承服しかねるものが多い。露骨に言ってしまえば、「自分は現在とある企業の本社に勤務している」、「従って、そんな事が起こっては困る」、「お前の言っている事は間違っている」という、どうも自己本位な理屈に思えるのである。

決して机上の空論を記事にした訳ではない。パナソニックという、日本を代表する超巨大企業に今起こっている事を取り上げただけである。同社は、創業者松下幸之助氏の遺訓を継ぎ歴代の経営者が「家族経営」を踏襲して来た事で有名である。

そのパナソニックが、かくも豹変する事の意味は矢張り真摯に受け止めるべきと思う。そして、パナソニックに起こった事が、同じ家電メーカーのシャープやSONYに起こらないとどうして安易に言えるのであろうか? 更には、これは家電業界に限定した問題なのか? 体質に於いて大同小異の日本企業が、この先追随すると考えるのが寧ろ自然ではないのか?

どちらかと言えば煽動的なマスコミ情報に接する時間を削減しても、官公庁がリリースする「元データー」に接する機会を増やすべきと思う。例えば、この財務省の平成23年末本邦対外資産負債残高の概要等は好例ではないか?

居住者が保有する外貨建て資産の為替相場変動に伴う円評価額の減少(▲23.3兆円)や居住者が保有する外国証券の価格下落に伴う評価替え等 (▲4.1兆円) があったものの、居住者による対外資産の取得超(+46.0兆円)により、対外資産残高は3年連続で増加した。

現政権は消費税増税法案の成立に随分と苦労をしているが、仮に5%の増税に成功した所で増税規模は10兆円そこらと聞いている。+46.0兆円の規模が如何に大きいかの推測は容易の筈である。日本は、この巨額の資金で海外資産の購入に向かっているのである。

言うまでもなく、「人」、「物」、「金」は相互に関係している。相互依存と言っても良いかも知れない。戦後の長い間、銀行は国民から只管預金を集め、政府の産業政策に従い、「製鉄」、「石油化学」、「自動車」、「家電」と言った、所謂基幹産業への傾斜配分を行った。

この資金に依り、企業は国内に工場を建設し、併せて大量の従業員を雇用し、商品の生産に邁進した。一方、商社は全世界に支社、支店を張り巡らせる事で、製造業の輸出を代行した。これが、一時期世界の成功モデルと賞讃された、「日本株式会社」である。

資金は、飽く迄国内に投資され、これが国内での雇用を創造し、商品は世界に向けて輸出され、外貨を獲得した。

現在は事情が全く異なるのである。財務省資料が示す通り、国内資金はまるで大津波の如く海外に流出している。結果、嘗ての日本の様に、投資先の海外で膨大な雇用が創出される。日本企業の本社が海外に移転するのも、日本人が「職」を求め資金に雁行して海外に渡るのも至極当然の話と思うのである。

当然の事ながら、「商流」も大きく変化する。従来は、日本で製造し、海外に輸出する仕組みであった。これが、海外で製造し、海外に輸出し、一部を日本に持って来る仕組みに変化する。

先週のアゴラ記事、4月の貿易赤字5,203億円に就いて考えてみる で詳しく説明した通り、今後、余程、今尚日本が比較優位を維持している、資本財・高度部品・素材分野で頑張らないと「貿易赤字」が恒常化してしまう。

さて、昨日のロイターに、焦点:広がる「日本脱出」、個人マネーは安全求め海外へと言う、興味ある記事を発見した。

企業の様なプロフェッショナルではなく、一般庶民が本人自身であったり、資産の日本脱出を真面目に検討していると言うのである。

マレーシア不動産の購入セミナーに参加していた広告代理店勤務の阿久津美樹さん(28)は、「人生設計をする年齢なので、もちろん結婚して子どもを作ることを考えている。状況によっては海外に住むことも選択肢」だと語る。「日本の財政が崩壊すれば社会自体も崩壊する。その環境で子供を育てるのは難しい」と、日本の将来に対する危機感を隠さない。

例えは不適切かも知れないが、何となく沈没する船から大量の鼠が逃げ出す情景を連想してしまう。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役