民主主義の不合理はなぜ起こるか

2012年06月02日 12:09

グローバル化は、国際分業による経済の効率化という恩恵をもたらす一方で、先進国の労働者の雇用を奪い、大部分の労働者の賃金を低下させる一方で、高スキルの一部の労働者の賃金を上げる(労働の二極化)。その結果、先進各国の失業率が高まり、先進各国の大きな社会問題になっている。  

大局的に見れば、「グローバル化の行き着く先」で書いた通り、先進国の生活水準が低下する一方、新興国の生活水準が上昇してゆく。その結果、先進各国では、格差の拡大や、若年層の失業率の上昇が問題になっている。

これは山口さんの記事のとおりであるが、以下に述べるように、政府が雇用拡大のためにできることは、規制緩和などの環境づくりをするのが限界であり、それ以上の政策を求めることは、大きな不合理を生み出す。 

ここでは、過去を振り返り、国民の当事者意識の欠如が、不合理な政策をもたらす危険性について警鐘を鳴らしたい。


バブルの生成と崩壊

上に挙げたようなグローバル化に起因する先進国の社会問題の解決のためには、高い経済成長があればよい。

これを実行した例が最近2つあった。

その一つは、アメリカの住宅バブルである。2001年からの5年間にアメリカの製造業は17%の雇用を減らす一方、不動産業は58%も雇用を増やした。実質賃金は低下する一方で、住宅価格が上昇し、不動産を担保にお金を借りた人たちが消費を増やし好景気になった。 これは、低所得者にも住宅を購入できるようにしようとしたことが原因である。  

もう一つの例は、ユーロ圏の事例で、ヨーロッパでは統一通貨ユーロの導入により、南欧諸国の信用が人為的に高まり、低金利で借入れを増やし消費が増えたため、好景気が続いた。 これは、経済力の脆弱な国にも、統一通貨の恩恵を与えようとしたことが原因である。 

しかし、これらのバブルは結局崩壊し、現在に至っている。 結果を検証すれば、大きな不効率を生んでしまったと言えるだろう。   

以上の二つの事例から得られる教訓は、理に逆らって、豊かさを生み出そうとしても、何れ揺り戻しが生じる、ということである。 グローバル化した経済の下で、国際的に高い価値を持たない労働力に、豊かさを提供しようとすれば、どうしても無理が生じることが分かる。 弱者の救済が、経済全体の大きな危機を招く、という皮肉な結果を、もたらす可能性があるのだ。 

民主主義とグローバル化

現在の先進国では、かつてのイギリスの「ゆりかごから墓場まで」といわれるような充実した社会保障制度は維持できなくなっている。 それは、充実した社会保障を維持しようとすると、労働コストが上昇し、国際競争に勝てないからである。   

しかし、多数決で決まる民主主義において、グローバル化の影響で低賃金に甘んじなければならない、あるいは十分な社会保障を受けられない層がマジョリティになると、これらの人たちからは、当然のことながら、十分な賃金や社会保障を要求する声が高まることになる。 

こういった声に応えることは不可能であり、無理に応えようとすれば、何らかの不合理を生成することになり、却って状況が悪くなる。

それどころか、元々、政府には経済成長をコントロールする能力はない。

未だに多くの人が誤解しているが、小泉政権時代の景気回復は、アメリカ、ヨーロッパのバブルで円安と外需の増加が生じた、輸出主導の景気回復であり、規制緩和のせいで景気回復が起き、PB赤字が縮小したのではない。 先日、朝日新聞5月25日のオピニオン欄にに「とりあえず増税では財政再建はできない。低福祉重税国家になる」という竹中平蔵教授の消費税増税反対のオピニオンが載っていたが、未だに、規制緩和でデフレギャップを埋め、成長を実現できると考えておられるのには、驚いた。私には全くの絵空事にしか思えない。

必要な国民の当事者意識

現在、ギリシアの再選挙で、急進左派が、緊縮財政からの脱却や消費税減税を訴えて、財政緊縮維持派との支持が拮抗しているが、こういった不合理な政策が支持を集めるというのは、なぜだろうか。

これだけバブルで痛い目に遭っておきながら、政府に無理な経済成長や、豊かさの実現を求めるのは、国民に当事者意識が欠けているからだろう。 これは「政府は善意の第三者ではない」に書いた通りである。 

現在、自民党の次期衆議院議員選挙の公約に、「デフレ脱却策としては、政府と日銀の政策協定により、欧米並みの2%のインフレ目標を導入。実質成長率3%、名目成長率4%を「巡航速度」とし、大胆な金融緩和措置を実行する」という政策や国土強靭化法による、10年間で200兆円の公共事業を行う、といった政策が盛り込まれようとしている。 これらの政策は、国民の経済成長を加速させて欲しいという欲求に応えたものだろうが、全く不合理な政策であり、支持できない。 

グローバル経済の力学の中、生活水準が低下してゆく中で、どうにかして、生活水準を上げようとする気持ちは、誰しも持つだろうし、持つべきだ。 しかし、それが、当事者意識を忘れたものであってはならず(注参照)、 政府への過剰な期待は決して持つべきではない。 

政府は、教育を通じた国民の労働の質の向上や、海外からの高スキルの人材の流入を容易にする政策、企業活動を妨げる規制の緩和など、地道な政策の実行に努めてほしい。 

(注) 国民の当事者意識の欠如は、未だに過半数の国民が世論調査で「原発の再稼働に反対」と答えていることにも表れている。 

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