財政赤字で景気は悪くなる

池田 信夫

私にスパムを飛ばしてくる匿名アカウントの共通点は「反原発・反消費税・反TPP」だ。この3つには共通点がある。長期のコストを無視して短期の利益を最大化するということだ。アゴラにも書いたことだが、これはこれで一つの考え方である。


いま日本で起こっている政治的対立も、「保守vsリベラル」とか「小さな政府vs大きな政府」というより、長期vs短期の対立と考えたほうがわかりやすい。これは経済学でいうと、時間選好率の違いである。現在(1)と将来(2)の2期モデルで考え、現在の消費をC1、将来の消費をC2、時間選好率をRとすると、消費の割引現在価値Vは新古典派理論では

V=C1+C2/(1+R)・・・(1)

と表わされる。金利をIとすると、視野が長期的で将来の消費の価値を金利で割り引く場合にはR=Iだから、きょうの消費とあすの消費の価値は同じで、課税のタイミングの変化は消費に影響を及ぼさない。これがリカードの中立命題(等価定理)である。

他方、視野が短期的でR>Iだとすると、課税を延期する(国債を発行する)ことによって消費は増える。現実には中立命題は成り立たないので、時間選好率は金利よりかなり高いと考えられる。極端な場合として(1)式でR=∞とすると

V=C1・・・(2)

となり、国債の発行で現在の所得が増えれば消費が増え、将来の増税は現在の消費に影響を及ぼさない。これがケインズの「限界消費性向」の理論である。時間選好率についてはいろいろな推定があるが、上の2つの式で明らかなのは、ケインズ理論は新古典派の特殊な場合だということだ。ケインズが『一般理論』を「古典派」の一般化だと称したのは逆なのである。

将来は死んでいる老人にとっては、いま借金してすべて消費することが合理的だから、(2)式の「どマクロ」理論が妥当する。しかし将来も生きている現役世代は、財政赤字が増えると(1)式のC2/(1+R)が減るので、現在の消費を減らして老後にそなえるだろう。そういう現象が消費の低迷の原因になっていると思われる。

rogoff

こういう傾向は、実証的にも確認されている。ロゴフは、過去の財政危機のデータから政府債務がGDPの90%を超えた国では成長率が1.2%ポイント下がるという法則を見出している。この結果、図のように23年間に24%もGDPが低下する。その典型が日本である。つまり「増税で景気が悪くなる」というのは逆で、財政赤字で景気は悪くなる。「景気か財政再建か」というトレードオフはないのである。