米国製造業の国内回帰の光と影

大西 宏

このところ、米国で製造業の国内回帰が話題になっています。製造業はまだまだ復権できる可能性があるはずで、日本の福島にも製造業の一大拠点を築き上げるプランが可能ではないかとする意見まで飛び出しています。
アメリカの本国回帰トレンドを日本にも。
確かに米国の製造業はこの2年ほど、40万人強の雇用を伸ばしてきていますが、まだまだ雇用創出という点でもリセッションで失われた200万人を埋めるにも、中味も製造業復権というにはほど遠い現状のようです。
また米国にもインテルに代表される半導体や医薬品などで付加価値の高い製品を供給する製造業がありますが、今話題になっている米国への製造業回帰は、そういった強い国際競争力をもった製造業が新たに生まれてきた結果起こっていることではありません。


米国の製造業回帰は、いくつかの原因が重なっているのですが、ひとつは中国の人件費の高騰による影響です。しかも米国での製造業の賃金は2005年あたりから伸びが鈍化し、2012年 1~3月期における製造業の労働コストは、現在より景気が良く失業率も低かった2005年と比べ2.7%低下したとされています。
第二は、米国で製造業の生産性が向上したことの影響も無視できません。米製造業の1時間当たりの生産性は過去5年間に13%上昇、さらにその前の5年間にも21%上昇している(WSJ)といいますから、相当自動化が進んだといえます。生産性が高まったことで、人件費は高くとも伸びておらず、採算がとれるようになったことが原因です。しかし、このことはたとえ米国での製造が増えたとしても、過去のようには雇用は伸びないことを示しています。

人件費が抑制されていること、また自動化が進み生産性が向上してきたことで、中国から船便で運んでくるほうが安いのか、国内で製造したほうが安いのかの選択が可能になってきたことがあるのでしょう。

さらに第三に、今日のように消費が多様化し、また流通の情報化が進んでくると、多品種生産のなかで売れ筋が変化した際にも短納期対応が求められ始めます。中国に商品変更を求めると1ヶ月かかるものが、国内で2週間で対応出来れば、それが国内で製造する動機にもなってきます。

つまりオバマ政権がなにかの手を打って製造業の国内回帰が起こってきたということではなく、またなにか大きなイノベーションによってでもなく、ひとえに、どちらのほうが市場への対応に有利か、またどちらのほうがコストを下げることができるかといった純粋に経済的条件が理由だということです。

たしかに米国でも製造業のベンチャーが生まれてきています。日本総研のレポートによると、音波を使って歯垢を取り除く歯ブラシをつくっているメーカーが急成長したり、コンベアなど産業用関連施設を製造しているメーカーや、産業用ロボットの開発・製造に取り組んでいる企業が躍進したりといったことが起こってきているようです。しかしいずれも特殊な市場に特化した小さな企業です。アマゾンが600億円で倉庫業務のロボット製造のキバを買収したりといったことが話題となっていました。こういった動きは米国の製造業の光の部分ですが、いま雇用を増やしているのは、ハイテク産業ではなく、ゴムやプラスティック製品なのです。
さらに進化するアマゾン

そういえば面白いエピソードをWSJが伝えていました。家電のワールプールの高級なハンドミキサー工場での出来事です。中国から製造を取り戻したのは、生産ラインの改善によって中国との賃金格差を解消する生産性の向上があったからです。工場が稼働すると、部品の納入業者も潤ってきます。製造コストにもっとも占めるのは原材料で62~78%もあり、人件費は8~12%にすぎないために、納入業者もコストダウンが求められます。結果としてその主要部品であるプラスティックのメーカーが、受注増とコスト削減のために新たに購入した成形機が検討した結果中国製だったいうジョークともつかない話です。
中国から米国に戻り始めた製造業 – WSJ日本版 – jp.WSJ.com :

製造業単独で市場が広がるわけではない時代

モノづくりの技術が重要なことは言うまでもないことです。しかし、消費財での大きな伸びが、海外進出以外では期待できない昨今では、それは最終消費にいたる一連の関連する産業に付加価値をもたらしたり、効率化をもたらすものでなくては成り立たちません。モノづくり単独では大きな付加価値がでる分野は限られてきています。

昨日まで訪問していた和歌山県で面白い事例がありました。いずれ詳しいレポートを考えていますが、大きな設備で巨額の投資が必要な冷凍技術ではない新しい冷凍技術が開発されたのですが、それを利用して生のマグロを冷凍すると、解凍しても冷凍とわからないぐらい鮮度のあるものに戻る技術です。実際に解凍したマグロを試食しましたが驚くほど鮮度が高く、切る包丁にくっつくほどです。
ご存知のように那智勝浦は日本最大の延縄漁法でとれたマグロの集積地です。それに絞っているために、取引されるマグロはすべて生で冷凍ではありません。そのマグロを鮮度が損なわないようにすれば、もっと多くの消費者にも美味しいマグロを供給できます。
海桜鮪 | 南紀勝浦漁協食品 :
この技術革新がもたらしたのは、一網打尽にマグロを捕獲できる巻網網漁ではなく、資源を残したいという思いで古くから続けられている延縄(はえなわ)漁法でとれたマグロのビジネスを進化させることでした。大切なのは、その冷凍技術そのもの、冷凍装置の製造でもたらす直接の売上よりも、そういったマグロビジネスそのものが変わることによるビジネスのインパクトや経済効果のほうが大きいことです。

米国では、製造業のGDPに占める比率は11%程度ですが、たとえば自動車販売など関連のサービス産業を含めると28.5%を占めるといいます。つまり、製造単独ではなくもっと広い領域での付加価値を高めなければ経済効果も期待できないことになります。もう製造だけで付加価値を生み出す時代ではなく、最終の消費者に渡るまでのプロセスを変えるイノベーションでなければ、製造業が生き残ることができなくなってきています。それが「モノづくり」から「価値づくり」への発想の転換です。製造業、ソフト産業、流通業、サービス業などのコラボレーションによって生まれてきていて、どの産業がリーダーシップを取るかはそれぞれの産業分野で異なる時代、製造業とは限らない時代とも言えます。だからモノづくりも「価値づくり」のなかでは大切な仕事ですが、しかしモノづくりだけでは日本は復活することはほぼありえません。

先に触れたブログで、アメリカで製造業が戻ってきている、だから福島に製造拠点をという発想が書かれていますが、下手をすると福島を付加価値の低い下請け工場しかない地域になってしまうことも考えられます。なぜならそれでは「価値づくり」の担い手としての周辺産業、関連産業が生まれてくることは期待できないからです。

それに10年先の明日のことは誰もおぼろげにしかわからず、官僚や学者が想像する範囲をはるかに超えた変化がからなず起こってきます。机上のプランで生まれたニュータウンが、計画でつくられた商店街も時代変化についていけず衰退し、町は活力を失って、やがて人びとが去ってしまい、独居老人と廃墟の町になったしまった教訓がなによりもそのことを物語っています。税制優遇で産業を誘致するなら、アジアからの製造工場の回帰に限ることは一時しのぎになっても持続性を感じません。

それよりは、福島の人びとがなにをしたいか、なにで将来を拓きたいかの気持ちがまずは大切で、それをどう支援するかとして考えたほうがいいのではないでしょうか。主役を抜いた構想では、価値づくりのパワーは期待できません。時代変化に適応してたくましく生きていくためには、市場の変化にやわらかく適応する知恵や体質、また努力が求められてきます。それを生み出すのはそこで働く人びとの夢や希望、自らの意志があってこそできることなのですから。