食品中の発がん物質と放射性物質のリスク評価-福島原発事故の影響を考える

2012年06月06日 08:00

アゴラ研究所の運営するエネルギー研究機関GEPRに掲載された畝山智香子・国立医薬品食品衛生研究所安全情報部第三室長・薬学博士のコラムを紹介します。

食品の中にはたくさんの発がん性物質が含まれる

原子力発電所事故で放出された放射性物質で汚染された食品について不安を感じている方が多いと思います。「発がん物質はどんなにわずかでも許容できない」という主張もあり、子どものためにどこまで注意すればいいのかと途方に暮れているお母さん方も多いことでしょう。特に飲食による「内部被ばく」をことさら強調する主張があるために、飲食と健康リスクについて、このコラムで説明します。


実は食品中にはたくさんの発がん物質が含まれており、そのリスクをどう考えるかということについてこれまで世界中の食品安全に関わる科学者が検討してきました。

放射性物質のように遺伝子を傷つけるタイプの発がん物質は「遺伝毒性発がん物質」と分類され、その有害影響には閾値(いき値)がない、つまり量がゼロでなければ有害影響もゼロにはならないという仮定を採用して管理しています。この仮説を線形閾値なし仮説、「LNT仮説」と呼びます。そして遺伝毒性発がん物質については、合理的に達成可能な限り低く(As Low As Reasonably Achievable;ALARA)という原則で管理するということにしています。

ALARA原則に従って、食品添加物や残留農薬のように、その使用について認可制になっているものについては、意図的に遺伝毒性発がん性がある物質を食品に加えることは認められません。ところが天然に食品中に存在する発がん物質については、ALARA原則は具体的に何をどうすればいいのか、個別の物質についてどこが「合理的に達成可能」なレベルなのかを具体的に示すものではないことが問題でした。

MOEという指標を使ったリスクの検討

遺伝毒性発がん物質は科学の進歩によりどんどん発見され増える一方で、その多くが天然物で簡単に排除できないものです。無い方がいいのは分かりきっていても、だからといって食べるものが無くなっては本末転倒です。

そこでリスク管理に優先順位をつけ、かつ一般向けのリスクコミュニケーションにも有用な指標として暴露マージン(Margin of Exposure:MOE)という指標を、食品リスクの評価では使うようになっています。

MOEは毒性影響の指標となる用量を、実際の暴露量(食べたり飲んだりして曝された量)で割ったもので、安全側にどれだけ余裕があるかということを意味します。(注1)この指標でリスクを考えてみましょう。

このMOEの値が小さいものが、リスクが高いということなので、それから優先的に対策していきましょうということになります。これまでに計算されてきたMOEの値を表に示します。(表・別サイト下部

日本では放射性物質による生涯被ばく量として、食品安全委員会が100mSvという目安を設けていますのでそれを毒性影響の指標としましょう。現在1kg当たり100ベクレルというセシウム137の食品基準が設定されています。計算方法は省略しますが、基準値上限の基準値ちょうどのセシウム137を含む食品を1kg食べたとするとMOEは76923となります。2kg食べた場合はその半分です。ただし計算して出てくる細かい数字にあまり意味はなく、桁が同じなら同じ程度というような大まかな指標だと考えて下さい。

MOEは数値の少ないほど、リスクが高くなります。日本人の各種食品中発がん物質についてのMOEは計算されていないのですが、海外のデータと同程度だと仮定して考えると、現在流通している食品中の放射能由来のリスクはそれほど大きくないと言えます。

他の食品リスクと放射線のリスクを比較する

他のリスクと比較してみましょう。表の中で「多環芳香族炭化水素(PAH)」、「フラン」、「アクリルアミド」という物質が出てきます。これは食品を加熱するとできる物質です。「カルバミン酸エチル」という物質はブランデーやテキーラのほかには梅酒に比較的多く検出される物質です。上記のMOEで76923という基準値ちょうどの食品1kgを食べるリスクは、日常生活の飲食物の調理で発生するそれらの物質によって生じるリスクと同程度です。

ほとんどの人にとってMOEから考えればリスク回避対策の優先順位の高い発がん物質は放射性物質ではなく無機ヒ素になると思われます。

日本人は水産物とコメの消費量が多いため無機ヒ素の暴露量が多いだろうと予想されています。この問題について私は研究者として、リスクの大きさから考えたら、被災地以外の日本人にとっては放射線と同じレベルのリスク対策が必要とされていると考えています。それにもかかわらず、一般的にはあまり関心をもたれていません。

無機ヒ素濃度をできるだけ減らすように気を付けている人はどの程度日本にいるのでしょうか。また加熱して発生する発がん物質の「アクリルアミド」の摂取を減らすために、日本を含めて世界の保健担当の行政機関は「トーストや揚げ物は加熱しすぎないでください」と呼びかけています。それについて知っていて実行している人がどれだけいるでしょうか。

放射性物質を避けようとして水道水をミネラルウォーターに変える、放射能対策に良いという噂を聞いて海藻類をたくさん食べたり白米を玄米にしたりという行動を推奨する人がいます。ところが、そうした行動は、無機ヒ素によるリスクを高くしてしまいます。(注2)

ただし日本人は無機ヒ素の暴露量が多くても長寿の国です。つまりこれらの発がん物質は、リスクがゼロではないし対策が必要とはいえ、それほど大きなリスクではないということでもあります。

私たちが食べる食品は未知のリスクの固まり

また私たちの周囲の食品は、多くのリスクを抱えています。たくさんの人をがんにしているタバコや酒については桁違いに大きなリスク要因です。あまり注意されていないのがビタミン類を含むサプリメントやいわゆる健康食品にもがんリスクを高くするものがあります。これらの問題点は普通に食品から食べた場合にはあり得ないような大量を長期間に渡ってとり続けることによって、暴露量が多くなるということです。

特定のリスクにだけ注目することで他のリスクを減らすための対策に必要なリソースを減らしてしまうのは、全体のリスクを最適化するためには望ましいことではありません。

さらに重要なことは、食品の中にはまだたくさんの知られていないリスクがあるだろうということです。私たちが毎日食べているものは、もともと安全性が確認されたり保障されたりしているものではなく、未知の、膨大なリスクのかたまりです。このことは食品の安全性を考える際に、常に念頭におかなければなりません。

食品を構成する全ての成分を知ることは多分不可能なので、私たちは未知のリスクについてもある程度想定する必要があります。そのため、特定の食品を避けたりたくさん摂ったりすることなく、多様な食品からなる栄養バランスのとれた食生活が最適解であろうとされているのです。

食品添加物や残留農薬でがんになるとか、現在の日本に流通している食品で計測されている程度の、ほんのわずかの被ばくでもがんになるとか脅かしながら、タバコや飲酒についてまったく触れない主張は、正当性をかなり欠いたものです。

現在検出されている放射性物質の量であれば、既にわかっているほかの発がん物質に比べて飛び抜けて高いリスクというわけではありません。福島に住む人であっても、それ以外の地域に住む人であっても、同じ方法で対処できるといえます。バランス良く、いろいろな産地や種類の美味しいものを喜んで頂いて食生活を楽しみましょう。

(注1)表のPOD(出発点)の欄の数値を推定暴露量で割ったものがMOEになります。MOEの算出方法、詳細な説明は拙著「「安全な食べもの」ってなんだろう?—放射線と食品のリスクを考える」(日本評論社)を参照ください。

(注2)参考までに食品中のヒ素については文献から集めたデータをサイトに掲載しています。ただし無機ヒ素のデータはそれほど多いわけではなく、個別の暴露量を推定するのは困難です。

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