民間人の国防責任への懸念より、議員内閣制の懸念の方が大きい!

2012年06月06日 07:30

野田首相が、防衛相に民間人の森本敏拓大教授を起用した事に対して、マスコミは「国防の責任を民間人に負わせること」への懸念や、国会対応をめぐる課題を一斉に指摘している。

何処の新聞も見出しは「民間人」が防衛相に就任する事が問題であるように書いているが、民間人に国防責任を持たせる事に懸念を持っている人間は一体誰で、その理由は何かを知りたい。森本氏は防衛大から防衛庁、外務省と永い官僚生活を続けた後、研究者の道に転進されたが、国防相に就任した瞬間に民間人でなくなる事は万人に知るところである。そうなると、ここで言う民間人とは何なのか? 理解に苦しむ。


誰が言いだしっぺか知らぬが、この様な馬鹿げた事を何の批判もなく報道するマスコミの程度の低さは今更ながら呆れかえる。

ましてや、「安全保障に関しては素人だが、これが本当のシビリアンコントロール(文民統制)だ」とか「ほとんどの国民は安保政策は素人だ。一般の国民を代表する国会議員が監視するのがシビリアンコントロールだと思っている。国民目線で、国民が安心できるような政策が大事だ」と小学生以下の「見識」を披露した一川保夫参議院議員の「防衛政策は政治家がタッチするべきだ」と言う批判を、そのまま記事にするマスコミの意図が解らない。

成る程、一川保夫元防衛相は大学を出て直ぐ農林省(今の農水省)に入省し、25年務め上げた後、直ぐに県会議員に転進し、その後国会議員になるなど、成人して以来一度も「民間人」の経験を持たない人物である事を考えれば「民間人に対する懸念」なるものは、マスコミの持つ「官尊民卑」思想が思わず見出しに出てしまったのであろうか?

「ブータン国王が来て宮中で催し物があるが、私はこちらの方が大事だ」と宮廷行事を欠席して同僚議員の資金集めパーティーでスピーチした「非常識」は個人の資質の欠如であり、身分とは無関係である。マスコミが、閣僚としての資質を個人ではなく身分に置くとしたら危険な思想で、過去2代の防衛相が混乱を招いたことを考えれば、身分には関係なく、安全保障の専門家にその職を託すのは当然である。

野党議員の中でも比較的質が高く、防衛政策に詳しい石破茂元防衛相まで「政治家でない以上、軍事的な出来事に、政治的責任はとれない」などと批判したと言う。これもいい加減な発言で、政治家が「政治的責任」を取った実例を知らない私には理解に苦しむ発言である。

鳩山、菅両元首相や一川、田中両元国防相は政治家である。石破氏はこれらの政治家が取った政治責任は何であったのか教えて欲しい。

ひょっとすると、これらの批判が大臣待望組の議員の「就活」の一部だとしたら、誠に情けない。

マスコミの官尊民卑思想や議員の「代議士原理主義」を打破して、あるべき日本の姿に戻すには、憲法を改正してでも「議院内閣制」を廃止して五箇条のご誓文の精神に戻るほうが手っ取り早いかも知れない。

北村 隆司

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