政治におけるフリーライダーの問題

2012年06月10日 01:07

人間が社会を作るのは、何故でしょうか? それは社会の中で生活する方が、個人単位で生活するより、効率的で、その恩恵に与れるからでしょう。 

それでは、社会が効率的なのは何故でしょうか? これには大別して2つの力が働いています。それは社会の自己組織化の力と、もう一つは、政治の力です。前者は自然発生的なもので、例えば、分業や市場原理がそれに当たります。後者は、法律など社会のルールや、政府の財政、金融政策などのコントロールがそれに当たります。

ここでは、政府の役割を部分最適化と全体最適化という観点から整理し、現在、何が問題なのかを考えてみたいと思います。


自己組織化と全体最適化

市場原理といった、社会の自己組織化は(一定の制約条件の下で)個人の合理的選択を行うことで引き起こされます。 しかし、個人の合理的な選択が、社会全体の合理性とは乖離している場合も多いのです。こういった乖離が、社会的ジレンマと言われるものです。

分かり易い例では、必要な公共工事を住民が金を拠出して行う場合、払わない人(フリーライダー)が増えると工事そのものが出来ないといったことが、それに当たります。

こういった部分最適化と全体最適化(短期的な最適化と長期的最適化のように時間的なものも含む)の乖離を解消することが、政府(政治)の役割であり、そういった乖離がない限りは、政治の介入は最小限にするのが、最適化のコストを最小にすることになります。

上に挙げた例であれば、政治の役割は例えば、住民から何らかのルールに従って、強制的に拠出金を集める、といったことになるわけです。

こうした観点から見れば、自民党が提出した国土強靭化基本法案のように、政府が先頭に立って、経済成長を演出するといった政策は、政府の役割から大きく逸脱したものであり、ナンセンスです。

政治におけるフリーライダーの問題

上のように、政治の役割は、部分最適化と全体最適化の乖離を是正することです。 ところが、政治家自身が、部分最適化(個人の合理的選択)を優先して行動するとなると、政治は機能不全になります。

例えば、小さな政党は、何を主張しても、それが実現することはありません。 ですから、小政党としての合理的選択としては、政府に対して財源を明示せずに「もっと福祉を充実させよ」、「庶民の懐を温める政策を」といった主張をすることが合理的なわけです。 ここにフリーライダーが現れる土壌があるのです。

消費税増税(これは全体最適化)が現在、政治の焦点になっていますが、この場合、消費税増税に反対する小沢一郎とそのグループがフリーライダーです。 つまり、消費税増税に賛成することは、コストにあたるわけで、これを払わずに済ますのが、個人として合理的な選択です。 小沢氏が、消費税増税に賛成することを野田総理に要請された際、それを断った後で述べた言葉、「国民の支持は我々にある」には、フリーライダーとしての小沢氏の心情がよく表れています。

小沢氏も馬鹿ではないので、消費税増税の必要性は分かっている。本心では消費税増税に反対ではないのです。 だから、一番よいシナリオは、自分が反対を通して、国民の支持を集めながら、消費税増税が実現することなのです。 

こうして見ると、政治の役割が、部分最適化の欠点を是正して全体最適化を実現することなのに、政治の中で、社会と同じことが起きて、部分最適化と全体最適化の乖離が起きている、というのが、現在の問題である、と私は考えています。

それではなぜ、政治の中で、このような現象が起きるのでしょうか。それは、国民が政府に期待することが、「景気を良くして欲しい」といった、政府本来の役割を逸脱した期待だからではないか、と考えられます

これを是正するのは容易ではありませんが、政治家の方々には、全体を俯瞰する高い視点を持っていただきたいと思いますし、我々国民も、政府の役割をきちんと理解し、政府に過剰な期待を持たず、長期的な視点を持つことが必要でしょう。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑