マフィアの得意技『オメルタ』のすすめ~シチリア島トラパニ市長~

2012年06月14日 05:51

先日、イタリア・シチリア島トラパニ市の新市長に選ばれたヴィト・ダミアーニ氏が「マフィアについてはあまりしゃべらない方が良い。マフィアにこだわり過ぎることで青少年が恐怖心を抱くことになり、教育上良くない」と発言して物議をかもした。

新市長の表明は、反マフィアのシンボルであるジョヴァンニ・ファルコーネ判事が、シチリア島のカパーチでマフィアに爆殺されてからちょうど20年の節目を意識してのものだった。それに対してイタリア中から強い非難が湧き起こったのである。


1992年5月23日17時56分48秒、イタリア共和国シチリア島パレルモのプンタライジ空港から市内に向かう自動車道を、時速約150キロ(140キロ~160キロの間と推測される)のスピードで走行していたジョヴァンニ・ファルコーネ判事の車が、けたたましい爆発音とともに中空に舞い上がった。

それはマフィアが遠隔操作の起爆装置を用いて、500kgの爆弾を炸裂させた瞬間だった。ファルコーネ判事と同乗していた妻、さらに前後をエスコートしていた車中の3人の警備員らが一瞬にしてこの世から消えた。マフィアはそうやって彼らの敵であるファルコーネ判事を正確に葬り去った。

それから20年後の先月5月23日、イタリア各地から集まった2500人の学生を乗せた大型客船が、シチリア島パレルモ港に着いた。学生らはマフィア撲滅の為に戦って命を落とした、ファルコーネ判事を讃えまた記念するために行動を起したのである。若者らのアクションに代表されるそうした「反マフィア」あるいは「マフィア撲滅」キャンペーンが、判事の死後20年という節目の今年はイタリア中で多く計画されている。

特に犯罪組織のお膝元のシチリア島では、マフィア排撃の気分がどこよりも濃く充満している。トラパニ市長のおどろきの主張は、そのさ中に突然行なわれたのだった。多くの人々はそれを、マフィアを擁護するにも等しいトンデモ発言と捉えた。

マフィアには周知のように『オメルタ(沈黙)』という鉄の掟がある。組織のことについては外部の人間には何もしゃべってはならない。裏切り者はその家族や親戚や果ては友人知人まで抹殺してしまう、というすさまじいルールである。

オメルタは、犯罪組織が島に深く巣くっていく長い時間の中で、マフィアの構成員の域を超えて村や町や地域を巻き込んで巨大化し続けた。容赦ない掟はそうやって、最終的にはシチリア島全体を縛る不文律になってしまった。

シチリアの人々はマフィアについては誰も本当のことをしゃべりたがらない。しゃべれば報復されるからだ。報復とは死である。人々を恐怖のどん底に落とし入れる方法で、マフィアはオメルタをシチリア島全体の掟にすることに成功した。

しかし、恐怖を与えるだけでは、マフィアはおそらくシチリアの社会にオメルタの掟を深く植えつけることはできなかった。シチリア人が持っているシチリア人としての強い誇りが、不幸なことにマフィアへの恐怖とうまく重なり合って、オメルタはいつの間にか抜き差しならない枷(かせ)となって人々にのしかかっていったのである。

ファルコーネ判事に代表される反マフイァ活動家たちが目指してきた「マフィア殲滅(せんめつ)のシナリオ」の一つが、このオメルタの破壊である。いや、オメルタの打破こそ判事が目指した最大の目標だったと言ってもいいだろう。彼はそれに成功を収めつつあった。だからマフィアの反撃に遭って殺害されたのである。

「犯罪組織マフィアとは一体何か」と問われたなら、僕はためらわずにこう答えるだろう。「マフィアとはシチリア島そのもののことである」と。もちろんそれはシチリアの島民の全てがマフィアと関わっているという意味ではない。それどころか彼らは世界最大のマフィアの被害者であり、誰よりも強くマフィアの撲滅を願っている人々である。
 
シチリア人は独立志向の強いイタリアの各地方の住民の中でも、最も強く彼らのアイデンティティーを意識している人々である。それは紀元前のギリシャ植民地時代以来、ローマ帝国、アラブ、ノルマン、フランス、スペインなどの外の力に支配され続けた歴史の中で培われた。列強支配への反動で島民は彼ら同志の結束を強め、かたくなになり、シチリアの血を意識してそれが彼らの誇りになった。

シチリアの血を強烈に意識する彼らのその誇りは、犯罪のカタマリである秘密結社のマフィアでさえ受け入れてしまう。いや、むしろそれをかばって、称賛する心根まで育ててしまうことがある。なぜならば、マフィアもシチリアで生まれシチリアの地で育った、シチリアの一部だからである。

かくしてシチリア人はマフィアの報復を恐れて沈黙し、同時にシチリア人としての誇りからマフィアに連帯意識を感じて沈黙するという、巨大な落とし穴にはまってしまった。

僕はさっきマフィアとはシチリア島そのものである、と言った。それはシチリア島の置かれた特殊な環境と歴史と、それによって規定されゆがめられて行った、シチリアの人々の心のあり方を象徴的に言ったものである。
 
もう一度自分の言葉にこだわって言えば、マフィアとはシチリア島そのものであるが、シチリア島やシチリアの人々は断じてマフィアそのものではない。島民の全てがマフィアの構成員でもあるかのように考えるのは、シチリア島にはマフィアは存在しない、と主張するのと同じくらいにバカ気たことである。

シチリア島をマフィアの巣窟たらしめている、オメルタの超ど級の呪縛と悪循環を断ち切って、再生させようとしたのがファルコーネ判事であり、彼に続く反マフィア活動家の人々である。20年に渡る彼らの運動は少しづつ奏功しているように見える。それは判事の死後トト・リーナ、ジョヴァンニ・ブルスカ、ベルナルド・プロヴェンツァーノなどのマフィアの大幹部が次々に逮捕されて、犯罪組織への包囲網が狭まっていることからも推測できる。

トラパニ新市長の発言を良いように解釈すれば、ファルコーネ判事の死から20年が過ぎたことを機に、マフィアにこだわるばかりではなく未来志向で生きようとすることも大切だ、という意味合いがあったのかもしれない。しかし、マフィアが未だ壊滅していないシチリア島の厳しい現実を見れば、彼の言い分はやはり「オメルタの推奨であり従ってマフィアの擁護」と見られても仕方のない軽率な内容だったのではないか、と僕は思うのである。

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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