大衆の煽動と民主主義の危機

2012年06月29日 12:30

情報化の進展により、世界は明らかに小さくなった。瞬時に海外の人と通信でき、必要な情報はパソコンを利用した検索で、手に入るようになった。これは、大きな利便性の向上である。 

しかし、不可逆的に進む情報化の進展は、我々に大きな課題を突き付けているように思われる。 

それは国民の論理能力の低下が招く、民主主義の危機である。


煽動者の出現

ここでは、メディアを非常に上手く利用する橋下大阪市長の政治手法を題材に、大衆の煽動について考えたい。

橋下大阪市長は、ネットを初めとするメディアを駆使し、政治活動を行っている。ツイッター、テレビを実に見事に使って、自己の主張を全国に発信している(ツイッターでの発言はブロゴスにまとめられブログ記事として掲載されている)。 必要とあらば、君が代斉唱問題で見せたように、恣意的に世間の耳目を集めるような手法をとる。

しかし、私の目から見て、橋下市長は煽動者以上の存在には見えない。 なぜなら、橋下市長の主張には論理的整合性がないからである。 

例えば、6月27日の関西電力の株主総会で、橋下大阪市長は。脱原発を関西電力に迫った。 橋下市長の頭には、国民は脱原発を望んでいる、という考えがあり、民意を大切にした、ということなのかもしれない。 

しかし、脱原発はタダでできるわけではない。 原発を全て停止すれば、燃料費の増加は年3兆円以上、これを国民が負担しない限り、電力会社は早晩破綻する。 とても合理化で捻出できる額ではない。なぜなら、日本の電力会社の総人件費自体が約1.4兆円(平成20年度)しかないからだ。 

従って、橋下市長が本当に脱原発を主張するならば、正しい主張は

     「電気料金の値上げは我慢しても、脱原発を進めよう」

ということになる。 

国民の多くは脱原発に賛成する一方、電気料金の値上げには反対している。 つまり、多くの国民の頭の中で、脱原発と電気料金の負担増は結びついていない。 橋下市長のあざとさは、この矛盾に気付きながら、巨悪、関西電力(実際には何も悪いことをしていない)に立ち向かい、脆くも敗れ去る正義のヒーローを平然と演じてのけるところにある(実際には、関西電力の株主総会で大阪市の株主提案が全て否決されることは、計算に入っている。むしろ可決されたら橋下氏本人が慌てることになっただろう)。

それにしても橋下市長の政治パフォーマンスの巧みさは天才的で、彼は天才的な煽動者であることは間違いない。

同じように、財政再建問題でも、橋下市長は、「増税の前に信を問うべきだ」と主張する。 しかし、増税の是非を選挙で問うのであるなら、これは、明らかな誤りである。 

GDPの200%以上の1000兆円にもなる政府債務を考えれば、消費税は25%以上にしなくてはならない。 増税の度に選挙をやっていては、財政破綻の方が先にやってくる。 世論調査によれば、国民の半数以上は未だに増税に反対しているが、 財政破綻は国民生活を破壊する。 財政再建のためにはPB(プライマリーバランス)の黒字化は避けられないのだから、増税と歳出削減の総和は、PBの赤字額以上にしなくてはならない。 

従って、国民に信を問うというのであれば、増税と歳出削減の割合について、いくつかの選択肢を提示して信を問うしかないというのが、論理の帰結である。もし増税に反対するのであれば、

      「増税ではなく社会保障の大幅な削減を断行しよう」

と有権者に訴えるしかない。「増税の前にやるべきことがあるだろう」とか、「増税の前にシロアリ退治」といった主張は、政府予算を見、冷静に必要額を計算すれば、全く荒唐無稽な話であることは明らかだからだ。 

国民に信を問うというのであれば、国民に提示する選択肢は全て実現可能なものでなければならない、という当たり前のことを忘れてはいけない。

物事には光と影がある。 煽動者は、国民に耳障りのよい言葉だけを提示し、耳障りの悪い部分はカットして主張する。 これは詐欺といってよいだろう。国民はトレードオフの関係をはっきり提示しない政治家の主張は詐欺であると見破るべきだ。 

今日のように、情報が瞬時に拡散する社会においては、大衆の煽動は、より手軽にできるようになったと言ってよいだろう。

しかも、報道するメディアの劣化も著しい、消費税増税法案の衆議院通過のニュースを朝日放送の「報道ステーション」で視聴したが、キャスターの古館氏は、年収別の負担増をグラフで紹介し、「その上、電気料金の値上げという話もあるんですよね」とまるで他人事のように言っていた。 

これは頂けない、なぜなら、脱原発を一番強力に主張したメディアは、朝日放送の親会社である朝日新聞だからだ。 つまり、自ら主張した原発再稼働反対の主張が、引き起こした電気料金の値上げを、他人事のように報じているわけである。 

このように報道機関の無責任さ、論理能力の低さには唖然とすることが多い。 

民主主義が成立する条件

情報化が進む社会において、我々国民が持つべきは、論理的な思考力である。これなしに正しい判断は出来ず、民主主義は成立しない。 論理の鎖を繋ぎ、時間的、空間的に広い視野で世の中を見なければならない。

さもなければ、減税と社会福祉の充実を主張する候補に投票する、脱原発と電気料金の据え置きを主張する候補に投票する、といった滑稽な行動を取りかねない。

情報化社会において、「悪貨は良貨を駆逐する」といった事態が生じるとしたら、これは大変に不幸なことである。 

不可逆的に進む、情報化は止めようがないが、人間の移動の加速によって、外来生物が蔓延る生態系の変化を目の当たりにするとき、情報化がもたらすエントロピーの増大に、数千年前から生物学的には、ほとんど進歩していない我々人類が適応できず、文明の退化、人心の荒廃といった不幸な事態を招くという危惧が益々増大しているように思われる。

民主主義を曲りなりにも維持するためには、我々自身が、高い論理能力を持つしかない。さもなければ、民主主義を捨てる時がいずれやってくる。 

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