欧州サッカーの変革は人種混合によってももたらされる

2012年07月12日 03:15

ヨーロッパで最も人気の高いスポーツであるサッカーは、欧米社会を映す鏡であり時代の息吹の投影でもある。白人が当たり前だった欧州各国の代表チームには近年、アフリカを筆頭に、アジア、中南米、東欧、オセアニアなどからやって来た、移民の子孫が多く選ばれている。いわば人種混合、あるいは人種のるつぼ的なナショナルチームが増えているのである。

先日終了したばかりの2012年欧州選手権で、イタリアを準優勝に導いた立役者の1人、マリオ・バロテッリはその象徴的存在。スーパーマリオと愛称される彼は、ガーナ人移民の子としてシチリア島のパレルモ市で生まれ、3歳の時にイタリア人夫婦の養子となった。そして18歳になってようやくイタリア国籍を取得した。


スーパーマリオ・バロテッリは、6月28日に行なわれた欧州杯の準決勝で、優勝候補のドイツを蹴散らす2点ゴールを挙げたことで、晴れてイタリア国民から同胞としての認定を受けた。イタリア人は認めたがらないだろうが、それまではこの国の多くの人々が、彼を手放しでイタリア人と見なすことをためらっていた。スーパーマリオがイタリア国籍を有していることを知っていながら、である。

低迷期に入っていると見なされているイタリア代表チームは、それまでのドイツチームの快進撃の前にすっかり萎縮してしまっていた。歴史的に対ドイツ戦にはめっぽう強いイタリアも、今回ばかりは勝てないだろう、という空気がサッカーファンの間に充満していた。スーパーマリオはそんな折に、目の覚めるような2つのシュートをドイツゴールに叩き込んで、ドイツを撃破してイタリア中を狂喜・興奮させた。

英雄はまたたく間に、肌の色とは無関係に「本物の」イタリア人になり、イタリアサッカーの救世主と見なされることになった。それは別に珍しい出来事ではない。ある事象の転換点で、歴史上ひんぱんに見られる何かの始まりを告げるビッグバンであり、或いは「終わりの始まり」を示す象徴的な事件なのである。

つまり、イタリアサッカーはここから人種混合に向かい、それが当たり前になり、同時にイタリア社会はより人種差別の少ない、寛容で開かれた精神に富むものになって行くであろうことを示唆している。人種差別が終わりを告げ、鷹揚(おうよう)が始まったのである。むろんそれは一朝一夕には完成しない。これから長い時間をかけてゆっくりと変わって行くことだろう。が、変化への「きっかけ」は確実に作られたのである。

スーパーマリオ・バロテッリが、幼い頃からイタリア社会で人種差別に遭い続けて、強い反発心を育んで来たのは良く知られている。状況も意味合いも違うが、欧州選手権での彼の活躍は、1955年12月1日に米国で起きた、ローザ・パークス事件にも通じる大きな出来事であるように僕には感じられる。周知のようにローザ・パークスは、バス車中で白人に座席を譲ることを拒否して逮捕され、それが黒人による大きな公民権運動のきっかけになった。ローザ・パークスが引き起こしたような巨大なビッグバンではないかも知れないが、スーパーマリオの活躍が誘発したイタリアの、ひいてはヨーロッパ社会のさらなる変革の「始まり」は、それなりに重大なものである。

人種差別主義から包容力のある共生社会へと生まれ変わる明るい兆しは、欧州選手権の準決勝でイタリアと戦って敗れたドイツにも見ることができる。ここからは少し言いづらいがあえて書いておこうと思う。

白人の優越を心の片隅にいつも思っている「全ての」欧米諸国民の中でも、よりその傾向が強いように見えるドイツにおいては、アフリカ系人種のドイツ代表入りはもちろん、同じ欧米諸国内からの移民選手の代表入りでさえ極めて難しい雰囲気があった。事実、イギリスやフランスやオランダなどとは違って、歴史的にドイツの代表チームには有色人種(黒人)の選手はいなかったのである。

それはバロテッリ登場までのイタリア、また近年驚異的な強さを誇り続けているスペインなど、ドイツと並ぶサッカー大国でもほぼ同じであり、それらの国々とイギリス、フランス、オランダなどとの違いは、もっぱら過去の植民地の有無や大小、さらにそれぞれの国の現在の移民政策の違いなどによる、と説明されることが多い。

それは一面の真実ではあるが、そこにはやはり心理的な壁がいつも立ちはだかっていた、ということもまた否定できない事実である。いわば100%の白人国ドイツ代表チームに、黒人などありえない・・・という風な。しかしドイツは最近、大きく変わった。代表チームに「純粋の」ドイツ人ではない選手が多く選出され、今や彼らがドイツ代表チームの主流になる勢いである。

例えば20012年欧州選手権における有色人種及びルーツがドイツ系ではない代表選手は:アフリカ系がジェローム・ボアテング、チュニジア系がサミ・ケディラ、両親がトルコ人のメスト・エジル。そしてスペイン系のマリオ・ゴメス。さらに、かつてドイツが侵略蹂躙したポーランド出身の選手さえいる。ミロスラフ・クローゼ、ルーカス・ポドルスキーの2選手である。それらの「移民系ドイツ人選手」の中でも特に、メスト・エジルは重要である。二重国籍を持つ彼はトルコのナショナルチームへの登録を断ってドイツを選んだ。ドイツチームの中心的存在であり、メスト・エジルあっての現在のドイツチーム、と言えるほどの優れた選手である。

だがドイツの変容のそのはるか前に、イングランドチームは黒人やインド系のプレーヤーを代表選手に起用し、フランスも少し不自然な形ながら、人種混合チームで1998年のW杯初制覇や2000年の欧州杯優勝を成し遂げている。

不自然な形と言うのは、国を挙げての熱狂的なサッカー愛好気風(イタリア、ドイツ、イギリスのような)の中から、自然発生的に多くの黒人選手が出てきたというよりも、サッカーの国際的な水準を引き上げるためにフランスが国を挙げて様々に画策した結果、他に選択肢のない貧しい移民の息子たちが、サッカーを通して人生のサクセスストーリーを紡(つむ)ぎ出して行く、という現象が起こった。その典型が世界サッカーの至宝の1人、ジネジーヌ・ジダンである。彼は言うまでもなくアルジェリア移民の息子である。

僕の独断と偏見で意地悪く言えば、たかがサッカーごときには白人の「おフランス人」は心を動かされない。それは貧しい移民たちが夢中になって取り組めばいいこと。本物の「おフランス人」は文化と芸術と学問に夢中になっているものなのだ・・というような。

フランスサッカーは、ジダンと共に戦った多くの移民系選手によって1998年に初めてワールドカップを制し、その2年後に2度目の欧州杯制覇を遂げた。だがその後は低迷している。それは、英独伊のように国民が真からサッカーを愛する結果ナショナルチームが形成されたというのではなく、「計算づく」で代表チームが作られた、いわば「ニセモノの弱さ」という風に僕には見える。しかもそのニセモノの病気は重い。なぜなら、フランスチームの核になっているのは現在でも結局、カリム・ベンゼマに代表される「移民選手」たちに他ならないからである。

そうはいうものの、そして先に「おフランス人」と批判したことと矛盾するようだが、フランス社会はイタリアやドイツやスペインなどに比べると、移民に対してはるかに寛容である。人種差別や偏見をなくす努力も絶えず続けている。フランス社会はヨーロッパ各国の中では、イギリスとオランダと共に三大移民許容社会と言っても過言ではないだろう。そしてサッカーの代表チームが強いことよりも、社会が移民に対してより寛闊(かんかつ)であることの方が、はるかに重要であるのは言うまでもないことである。

なぜなら、欧州は今後ますます移民との共生を余儀なくされる世の中になって行くのは火を見るよりも明らかであり、従って憎しみを育むだけの偏狭や差別や偏見は、絶えず捨てる努力をしなくてはならないからである。そしてそれは――突然のようだが――欧州から遠い我が日本にも当てはまる、全ての先進国社会の宿命であるように僕には感じられるのである。 

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住 

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