格差社会待望論

2012年07月14日 08:26

現在の日本の閉塞状況を打破するには、機会平等を維持しながら、年功序列などの行き過ぎた結果平等を排除し、国民が自立することが必要なように思う。

多くのご批判を受けると思うが、敢えて、格差社会待望論を主張したい。


著しい個人の能力差

私は、長年、大学で数学教育に携わって来た。 その長年の経験で、痛感するのは、個人の素質の違いが非常に大きいということである。 実際、1年生から4年生まで、良くできる学生は殆ど入れ替わりがない。そして、学生とゼミで接するようになると、それぞれの学生が、どこまで伸びるのかは、凡そ推測が付く。 その位、抽象能力や、論理能力に個人差が大きく、正直、残酷だと思うこともある。 梅の木は梅ノ木であり、松に仕立てることはできない、というのが私の長年の教育経験の実感だ。  

実際、9歳で大学に入学し、24歳でUCLAの教授になったテレンス・タオ(Terence Tao)のような例もあるように、この分野の能力差は非常に大きい。

但し、早熟な才能の開花が必ずしも将来を保障するものではない。 たとえばRuth Lawrenceは10歳でオックスフォード大学の入学試験に合格した秀才だが、その後の彼女の業績は、その秀才ぶりからすれば、かなり物足りない(現在はイスラエルの大学の准教授である)。これは、個人個人の伸びしろにも大きな差があるということだ。 

これ程、高レベルの話でなくても、大学レベルの数学となると、誰もがマスターできるわけではない。 これは、一般人が、宙返りが出来ないのと、同じことだ。 個人の持つ、素養を見極め、できることを伸ばすしかない。
数学に限らず、プログラミングの技能など、他分野でも、個人の能力格差が大きい。

しかし、優れた人材の層は非常に薄くなってきている。 先週、出張したイギリスの学会で、東京大学理科2-3類の学生250人の微分積分の演習を担当する助教の知人に聞いた話では、彼が「できる」と思う学生は1人しかいないという。 実際、現状では、京都大学など超一流国立大学の数学科でも、線形代数と微分積分さえ一人前に出来れば、大学院に進学できる。そのくらい人材の層は薄い。 

いや、それどころか、もっと広い分野を見渡しても、現状では複素数の理解できていない電子工学科の学生、重積分が理解できない、機械工学の学生、まともな文章の書けない文学部の学生も、一流大学ですら稀ではない。 少子化もあり、優れた人材の層は確実に薄くなっていることを、日々、ひしひしと感じている。 正直に言えば、高スキルの労働力となりうる人材は、大学生の1%程度しかいないというのが実感だ。

こうした教師の目から見た、著しい能力差は、彼らが社会に出た際に、きちんと評価され、待遇面で考慮されているだろうか。 

高スキル人材の活用の必要性

こういった個人の能力差が、きちんと把握され、活用されているかというと、少なくとも日本の社会では極めて疑わしい。多くの企業で、まだまだ年功序列的な給与体系が維持され、これが、日本経済の発展に大きな障害になっている気がしてならない。 優れた人材が存在しても、生かされずに埋もれてしまっている例は少なくないだろう。

格差の拡大を懸念する声は理解するが、現在はグローバル化と情報化によって、労働の二極化が進行しており、ごく一部の高スキルを必要とする労働の価値が非常に高くなる一方、大部分の仕事の価値が低下している。 つまり、高スキルを要する仕事の出来る人材の希少性が高くなっているので、こういった人材には高い給与を払わないと、社会が停滞することになる。これが、グローバル化、情報化による格差の拡大の原理である。

しかし、日本の社会を見ると、こういった希少な高スキルの人材に対し、十分な待遇をしているとは言えない。 給与などの待遇の格差を大きくすることは、社会を不安定化させる心配もあるが、正直なところ、現在のような、人に優しい日本の社会を維持することは、最早不可能なのではないだろうか。 

教師の私の目から見て、優れた学生と、凡庸な学生の給与は、少なくとも5倍の差があってしかるべきだと思う。 それが社会的に正当化できないとしたら、社会が人材を有効に活用できていないからとしか考えられない。

行き過ぎた結果平等が日本を滅ぼす

現在の日本の政治状況を見る限り、多くの日本人は、かつてのバブル崩壊以前の一億総中流社会の再来を望んでいるようにみえる。 しかし、1000兆もの政府債務を抱え、急速な高齢化が進行し、基幹産業であった製造業が急速に国際競争力を失いつつある現状を見るとき、これは全く実現不可能な夢を見ているようにしか、私には思えない。

グローバル化と情報化は、経済成長を牽引するのは、一部の高スキルの労働力であり、平均的に優れた労働力は意味を失いつつある状況を作り出した。 我々は好むと好まざるとに関わらず、この状況に対応してゆかなければならない。  

今のままの、日本独特の平等社会を維持しようとすれば、財政破綻が起き、国民の生活は破壊されるだろう。そして高スキルの労働力は、海外に散ることになろう。

格差を受け入れ、国民が自立することなくして、日本経済の復活はあり得ない。
 
(注)高税を受け入れれば、セイフティネットを維持することは選択肢である。

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