日本をより競争的社会に

2012年07月18日 12:14

教育における競争が議論になっているが、一時の法科大学院人気、最近の医学部人気、公務員人気に見られるように、国民は競争より保障を求めているように見える。

しかし、優れた人材を、よりイノヴェーティブな仕事に配置しない限り、日本の国力は低下してゆく。 ここでは、前記事に引き続き、日本をより競争的にする必要性について述べたい。 


国際間の競争が見えない日本

日本は、第二次大戦後から90年台初めのバブル崩壊までの長い期間、多少の波はあっても経済は拡大を続けた。この期間、もちろん国民の間に競争は存在したが、実際には経済成長は、熾烈な競争を緩和していた。 1962年植木等が歌ったドント節の「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」という歌詞などはその象徴だろう(当時は大学進学率は20%程度で、大卒はエリートだった)。

受験戦争は、あっても、一流大学から大企業に就職することで、将来の生活が保障されている時代でもあった。そして現在まで戦争に巻き込まれることなく過ごして来た、歴史的に見ても非常に長い平和の時期である。

ところが、新興国の台頭によって、現状は様変わりしている。 日本の基幹産業であった製造業は急速にその国際競争力を失いつつある。かつて優位性のあった日本の技術は、現在はその優位性は、ほとんどなくなった。日本人技術者の流出も止まらない。サムスングループは韓国国内に200人近い日本人技術者を抱えていると言われる

日本は島国である。ヨーロッパのように隣国と国境を接していないのと、外国人が非常に少ない特殊な国のため、他国との競争が直接見えない。そのため、危機感を共有しにくい。そのために、電機業界を始め、日本の製造業が現在のように国際競争力を失って来ている状態でも、「一億人以上の人口がある国だから、内需主導の成長がまだまだ可能だ」といった幻想に囚われ勝ちである。

しかし、現状の日本経済を冷静に観察すれば、高齢化による、生産年齢人口の減少は避けようがなく、今後の日本経済の実質成長率は、平均すれば0.0%から0.5%程度と考えられる。 従って、かなりの増税をしなければ、10年といった長いスパンで考えれば財政破綻を避けることすら容易ではない。 

過去の成功モデルから抜け出せない

最近、進学校の医学部志望傾向が強まっているようだ。 6年前、名古屋近郊の進学校、東海高校を卒業した知人(東大卒)に聞いたところでは、彼のクラスの彼ともう一人以外は、全て医学部志望だったそうで、彼自身驚いていた。

医学部は、かなり以前から人気があったが、今は一層拍車が掛かっているらしい。 

これは、無理からぬことで、日本経済が不振の現在、比較的、安定した収入が見込める職業として、医師が人気を博すのも良く分かる。

しかし、これで良いのだろうか? 医学は確かに大事だが、正直なところ、基礎研究以外の医療に於いて、圧倒的な頭脳が必要だとは思えない。むしろ人格や、手先の器用さ、といったものが大事なのではないだろうか。資源のない日本で、優れた頭脳が、将来の保障を求めて、医者や公務員といった職業に集中するというのは、より一層、日本の衰退を早めることになるだろう。

一時、人気だった法科大学院、資格ブーム、公務員人気、医学部人気、いずれも、一流大学から一流企業へという過去の成功モデルの代替物である。このような代替モデルにすがるのは、心情的には理解できるが、世界の中の日本という視点で見れば、日本の没落を早めるものでしかない。

その上、過去の一億総中流の快適さの再来を望む国民が多く、多くの政治家は過去の利益分配モデルから抜け出せない。国民は熾烈な競争を嫌がり、政治家は、それを敏感に察知して、列島強靭化基本法といった、現状の熾烈な国益争い、激烈な国際競争を忘れたかのような、ばらまき政策を打ち出している。

しかし、どんな経済政策を取ろうと、実力以上の経済は実現できない。我々は、日本の実力の低下を認めなくてはならない。話はそれからだ 

高度人材の活用

「格差社会待望論」で書いたように、今の日本が解決するべき問題は、高度人材を如何に効率的に活用するか、あるいは海外から獲得するか、ということだろう。   

経済成長に必要なのは、高度なスキルを持った人材で平均的に優れた人材ではないのだから、希少な高度人材を経済成長に資する分野に最適配置しなければ、日本は国際競争に敗れ去る。

優れた人材には、仕事の裁量を与え、成果給を高くしてインセンティブを与えるべきだろう。 高度人材になりうるのは、おそらく大学生の1%程度、彼らに高給を払っても高が知れている。  

インテルや、マイクロソフトのようなアメリカのハイテク企業には、アルゴリズムの天才、プログラミングの天才がいる。彼らの給与は高い。 優れた、エンジニア、プログラマー、研究者には高い給与を支給すべきだ。 そうすることで、優れた頭脳を持った学生を、理学、工学に引き寄せることにもなるだろう。 

かつての一億総中流社会は、確かに快適かもしれない。 しかし、今、その再来を望んでも実現は不可能だ。 いつまでも、かつての日本社会のモデル(あるいは、その亜種)に拘り、幼稚な政治を続けていれば、10年以内にも財政破綻が起き、国内の主要企業のほとんどは外資に買収されて、否応なく、ひどい格差社会、熾烈な競争社会になるだろう。

世界は、人間の意志や願望ではなく、論理の力で動いているのだから。

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