現実を直視しよう

2012年07月20日 19:04

衆議院議員選挙が近付いて、政策論議が盛んになっているが、未だに、政府に景気対策を期待する声があるようだ。 

しかし、日本経済の不振の原因を見る限り、政府に景気対策を期待することは、全くの誤りであり、国民は、まず、政府に景気対策を期待することを止め、お互いに社会をどう支え合うか考える、あるいは、自助努力で経済の活性化を図ることが大切であると考えられる。


先進国経済不振の真の原因

金融緩和でデフレを脱却することで、成長が加速するといった議論が、未だに多く見られるが、これは、池尾和人先生が繰り返し述べられておられるように、正しくない。

なぜなら、日本経済の不振の原因は、政策の不在といった内的なものではなく、新興国の工業化、ユーロ危機、アメリカ経済の不振といった外的なものであるからである。

これは、時間軸を長く取って俯瞰してみれば、より一層はっきりする。即ち、日本のバブル崩壊、アメリカの住宅バブルとその崩壊、ユーロの導入とヨーロッパのバブル、そしてその崩壊といった現象は全て、同列のものである。

即ち、先進国経済は、非常に人為的な形で内的需要を増加させることなくして、高い経済成長が出来なくなっている、ということであり、その結果は上に列挙したとおりである。 

グローバル化と情報化によって、成長の中心は、先進国から新興国へと完全に移った。

グローバル化と情報化が先進国に引き起こす現象は、新興国へのアウトソーシングによる雇用の流失、新興国の安い労働力を背景とした、安価な工業製品の輸入による耐久消費財の価格低下といった現象である。新興国にアウトソーシングしたり、対面販売からインターネット通販への移行、OA化といったことで、大部分の労働の価値が低下し、賃金は抑制される。 その一方で、高スキルを必要とする一部の労働の価値が高まり、格差拡大が起きるということである。 

なぜ極論がもてはやされるか

以上のように先進国経済の不振は、(バブルの生成など二次的な内的な要因もあるものの)根本的には外的かつ必然的な要因によるものであって、先進国自身の経済政策で解決する問題ではない。 従って、先進国の政府が出来ることは極めて限られている、財政出動も、金融緩和も利かないことは、オバマ政権の実施した、大規模な財政出動、極端な金融緩和(QE2)の結果を見ても明らかだ。

しかし、財政出動も金融緩和もしないと政府の無策を国民が非難するだろう。 国民の人気を維持しなくてはならない政治家にとっては大きな問題である。

こういった文脈で、反グローバリズム、国家社会主義が台頭して来るのも当然である。例えば、藤井聡、京都大学教授の列島強靭化論や、中野剛志のTPP亡国論は、外は暴風雨なのだから、シャッターを閉め、家の中ですき焼きを食べようというようなものである。 この列島強靭化論に乗る形で自民党が、10年で200兆円もの公共事業を計画する国土強靭化基本法を提出したが、こういった荒唐無稽な法案が提出されること自体が、政治の行き詰まりを体現している。

みんなの党のブレインとして、日銀のさらなる金融緩和によるデフレ脱却を主張する、高橋洋一嘉悦大学教授が、意味のないデフレ脱却を主張するのも全く同じ文脈である。野口悠紀雄氏が指摘するように日本のデフレのメカニズムは、需要< 供給 が原因ではないと考えられる。馬淵澄夫議員など高橋氏のいかがわしいデフレ脱却論議に乗せられている政治家が多数いることは、困ったことである。

この種の極論を持ち出すのは、要するに国民の人気取りのためであって、確たる根拠など何もないことに、国民は気付く必要がある。

それでは何が大事か

結局のところ、先進国の国民の生活水準は(平均的には)低下し、新興国の国民の生活水準は上昇するというグローバル化の必然的な帰結は動かしようがない。 グローバル化は、富の総量を増加させるが、世界の資源は有限であるし、環境制約も大きい、例えば、我々の食生活は一人当たり僅か10アール程度の耕地で支えられている。 世界の人々が今の日本人と同レベルの生活を送るとなると、地球が2つは必要になる。こういうことは、政治家は明言しないが、論理的には明白な事実であるし、現実を見れば、正にその方向に向かいつつある。世界は政治的な力ではなく、論理の力で動き、これに抵抗することはできない。 

今、必要なのは、こういった論理をリフレや巨額の財政出動といった非論理的な政策論議で否定して見せることではなく、国民がそれを理解することである。 

なぜなら、真の論理を否定して現実逃避をすることは、破滅的な結果をもたらすからだ。政策により景気を良くするのは難しいが、経済を破壊するのは容易なことだ。 今すぐに脱原発を実現するとか、10年間で200兆円の公共投資を行うといった政策を実際に行えば、経済は破壊される。  

我々に必要なのは、現実を直視することであって、現実逃避することではない。

恐らく、次期衆議院議員選挙では、様々な空想的政策が語られるだろう。 ばら撒き公共事業や、リフレは論外であるが、脱原発や地方分権といった統治機構の変革などが持ち出されるだろう。

まず、脱原発は冷静に考えれば、長期的な課題であるし、長期的に考えても温暖化やエネルギー安全保障の問題は大きく、現在エネルギーのほぼ全量を輸入に頼る日本は、エネルギーには広い選択肢を持つべきだろう。

地方分権を打ち出すのも悪くはないが、それで国民の負担が軽くなるとか、経済が好調になるとか、過剰な期待を抱かないことだ。これは、たとえ実現するにしても10年単位の時間が掛かり、その効果もはっきりしない話だ。 かつて安部首相の打ち出したスローガン「美しい国日本」と同程度のことと受け取っておけばよい。 

はっきり言えることは、政治に景気回復の処方箋を期待するのは完全な誤りだ、ということだ。変な期待をするから、おかしな政策が取り沙汰される。 

日本経済が不振なのは、世界の中での相対的な実力が低下したからであって、政策のミスが原因ではない。 従って、政府に景気浮揚を期待することは誤りだ、ということを国民全員が肝に銘じるべきだ。

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