「何もしない」という解決手法 --- 楠木 秀憲

2012年07月28日 07:00

以前、「なぜ日本アニメ・マンガには復讐譚がないのか? 中国人オタクの議論(百元)」という面白い記事を読んだことがあります。タイトルのテーマについて中国人が議論するというもので、「言われてみれば日本の作品の復讐者って復讐成功しないよな。あと、もし成功しちゃったとしても『復讐は遂げたものの、全てを失い心に残るのは空虚さだけだった』みたいにロクなことにならないという印象だ」とか、「日本の作品は、たいてい復讐の元になった事件の背後にある真相みたいな流れになって、復讐がうやむやになったり、『復讐より大事なこと』が出て来る」という指摘があり、日本的なアニメや漫画に慣れきった自分にはとても新しい気付きのある内容でした。


この記事を読んだ時に僕が連想したのが、東日本大震災後にエコノミスト誌に掲載された「Silenced by gaman」という記事でした。「日本の道徳的な精神を、世界が賞賛した。が、そこには負の側面もある」というサブタイトルで、「忍耐強い日本人の精神性が素晴らしいものだが、そのせいで事態は悪い方向に進んでいる」というような内容でした。つまりは日本人の「ガマンする」という精神・習慣のせいで人々が心の中に秘めた声をあげることをせず、そのために全体の意思決定が遅々として進まないという指摘です。

この二つの例には共通する価値観が存在しています。復讐を遂げても何も解決しないから復讐しない、配給の列に割り込んでも皆が不幸になるだけだからやらない、つまり自分の将来や集団としての団結を念頭に置いた時に、自らの一時的な欲求のための行動を控える精神、あるいは長期的な視野に立った思考、それが、もはや世界的に認知されている日本人の「ガマン」の精神です。

しかし、そういう共通する部分が存在するのと同時に、復讐劇における「何もしない」という行為と、震災における「何もしない」という行為には決定的な差異が存在します。それは、「『何もしない』という決断」と「思考停止」の違いです。

例えば、ある人が自分の家族や大切な人に何らかに危害を加えられた時、その加害者に対して同等の罰を与えようと考えるのは人間の本能であり、これは復讐と呼ばれるものです。しかし復讐が遂げられたところで失われたものが帰って来るわけではなく、復讐は「怒り」の解決策にはなっても「悲しみ」を解決してくれるものではありません。そして日本では「憎しみ」や「怒り」などの動的なテーマよりも、「愛」や「悲しみ」などの静的なテーマのほうが好まれるせいか、復讐においては「怒り」よりも「悲しみ」のほうが重視され、それが解決されない復讐は「虚しい」ものとして認知されます。そのため、復讐をするのではなく「何もしない」こと、言い換えるなら「時間をかけること」で悲しみを癒そうとするのではないでしょうか。つまり、「悲しい」という問題に対して、「何もしない」という解決手法をとるのです。

しかし「ガマン」はこれとは少し異なるもののように思えます。震災時に避難所で列に割り込まない、怖くても泣き叫ばない、わがままを言わないというのは確かに集団行動を踏まえた上での「何もしない」ですが、エコノミスト誌が指摘するように日本人の「ガマン」は不必要なまでに自分を殺すことを要求するものとして捉えられています。少しでも不満を言うと「それくらいガマンできなくてどうするの」、「みんなガマンしてるんだから」という声が飛んでくる場面を想像してみると、「ガマン」は誰かのために「何もしない」ということに加えて、周りから言われて「思考停止」する行為を含んでいるのではないでしょうか。復興支援が遅れること、原発が再稼働すること、電気料金が値上げされること、あらゆることに「ガマン」しているだけでは民主政治は進まず為政者の都合の良いほうに事態が進んでしまう、このことをエコノミスト誌は指摘したかったのだと思います。

以上に見たように、「何もしない」ことと「ガマン」は全くの別モノです。これは言い換えるなら「『何もしない』という選択を行うこと」=「do nothing」と、「選択を行わず思考停止すること」=「not to do」の違いです。そして僕は、この「何もしない」という解決手法があることを意識することで、人生が豊になると考えています。

終わらない戦争、突然の交通事故、どうしても好きになれない人間、世の中には、どうしようもないこと、自分の力では解決できない問題がたくさんあります。その全てに対していちいち解決策を考えたり無力感にストレスを感じたりするのではなく、自分が労力を支払うべきポイントを見定め、それ以外のことに対しては「何もしない」という態度を決め込む。そうすることで、それまで悶々と抱えていた「悩み」が、「何もしない」という解決策を打てる「問題」に変わり、ストレスを解消することができるのです。自分が何らかの悩みを抱えている時、自分がそれに対して「『何もしない』という選択」をしているのか、「思考停止」しているだけなのか、考えてみると良いかもしれません。

楠木 秀憲(くすのき ひでのり)
京都大学経済学部

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