政府への過剰な期待はするべきではない

2012年07月30日 18:45

大西宏さんの記事「野田総理は「三丁目の夕日」への郷愁ではなく「ビジョンと戦略を」」を拝読しましたが、非常に違和感を感じました。 

なぜなら、今後、経済的な豊かさは、ほとんど期待できないため、「今日よりも明日がきっとよくなる」とみんなが確信を持つためには、国民が経済的な豊かさではなく、精神的な豊かさを重視するように価値観を変えることが、絶対に必要だからです。


政府は今日より明日がよくなるビジョンを示す必要はない

大西さんは

野田総理にかぎらず、今の政治に求められているのは、「今日よりも明日がきっとよくなる」とみんなが確信を持つために、日本がなにを目指し、なにを変え、またどう変わっていくかを国民に語りつづけることだと思います。そのためには、切磋琢磨してもっと構想力を鍛えてもらいたいものです。

今をどう改善するかではなく、どう国のカタチや仕組みを将来やってくる社会に備えて変えていくかが問われているのです。今を改善しようとするから、公共事業でなんとかカンフル剤を打とうという発想に陥ってしまいます。

と言います。 私は、これを見て、(不用意な発言だったとは思いますが)野田総理が気の毒に思えてきました。なぜなら、「今日よりも明日がきっとよくなる」とみんなが確信を持つことは、当面あり得ないし、そんなことが出来る人は誰も存在しない、としか思えなかったからです。 恐らく大西さん自身、そんなビジョンや戦略はお持ちでないでしょう。あるのであれば提示して頂きたいものです。 恐らくいくら構想力を鍛えても、そんなビジョンや構想は出てくるものではないでしょう。 

また共産主義国家ではないのですから、政府が示したビジョンや構想に皆が従って行動すべきでもありません。 私は政府がビジョンを示して、何らかの改善が期待できるということについて懐疑的です。

今日よりも明日はよくなるか

そもそも今、「今日よりも明日はよくなる」という確信をもって生きている先進国の国民は、ほとんどいないでしょう。 それは、ほとんどの先進国の経済が疲弊し、将来を見通せなくなっているからです。

日本のバブル崩壊以来、20年以上にわたり、先進国はいろいろな方法で経済を活性化しようとしてきました。 最新の金融工学を用いた金融商品の開発、ユーロ圏の通貨統合、巨額の財政出動、さらには、イラク戦争のように戦争まで起こしました。 しかし、現在、その結果はどうでしょう。 日本のみならず、先進国全体の経済が、停滞し、失業率が高まり、格差が拡がっています。 

著名な経済学者が様々な提言をし、それが実行されましたが、結果はご覧のとおりです。

これは考えてみれば当たり前のことです。 資源、食糧生産、環境、これらは、全て有限です。現在70億人もいる世界の人たちが、皆、豊かになろう努力しています。 しかし、少なくとも現在のテクノロジーでは70億人の人たちが現在の先進国並みの生活をすることは、全く不可能であり、この先20年といったスパンで考えても、世界人口が増大するというシナリオでは、不可能といってよいでしょう。なぜなら、豊かになるためには、資源、食糧を奪い合う必要があり、環境は、その再生のスピードより遥かに速いスピードで破壊され続けているからです。  

このように地球の有限性から、経済がグローバル化した現在の世界経済で、先進国が、高い経済成長をすることは、極めて困難になったと言えるでしょう。今、経済危機にある欧州やアメリカの経済は、今後10年以上もの景気停滞に陥る可能性が高いでしょう。

日本だけに限っても、生産年齢人口の減少が続き、主力産業である製造業の疲弊している現在の日本経済の実力から考えて、実質成長率は長期的には0.5%程度あればまずまず、1.0%程度なら上出来ではないでしょうか。 

今年度の経済成長率は実質2.0%程度と予想されています。 これは非常に高い数字だと言えるでしょう。この数字にも関わらず「今日よりも明日がよくなる」と思えないのであれば、本当に「今日よりも明日がよくなる」と思える日は来るのでしょうか? 今は、好景気なのです。 

国の形や仕組みを変えればよくなるのか

大西さんの言われるように、国の形や仕組みを変えることで、何かが劇的に変わり、明るい未来が開けるのなら、たいへん有難いことです。 

でも、本当にそんなことがあるのでしょうか。 地方分権、官僚支配の打破、といったスローガンを口にする政治家が多いようですが、彼らは、地方分権や官僚支配を打破すれば、「今日よりも明日がよくなる」と確信できる社会が来ると思っているのでしょうか?

国の形を変えることが、劇的な効果を生むというのは、過剰な期待というものでしょう。そもそも、国に国民を豊かにする力などないのです。なぜなら国にできるのは、国民が生み出した富の再分配だけだからです。

訴えるべきは価値観の転換

経済的豊かさという意味で、将来が明るいかといえば、これは短期的にも長期的にも、そうではないでしょうし、それを劇的に改善するものがあるとしたら、核融合の実用化や、無尽蔵の海洋資源の発見といったものしか考えられません(勿論、こういったものに期待すべきではないですが)。  

従って、これからは経済的豊かさを追求しながらも、それは実現できず、先進国の国民は次第に貧しくならざるを得ないでしょう。これは、ものの道理というものです。

皆が経済的な豊かさを追求することは、最早不可能なのです。

このまま、国民が経済的豊かさを追い求めても経済的豊かさは実現できず、不満の高まりから、景気対策を要求するといった不合理なことが続くのは、望ましいことではありません。 皆が「もっと、もっと」と生活の向上を叫んでも、政府は本質的に何かをできるわけではありません。 

政府への過剰な期待は、経済政策の不合理や、財政破綻を招くでしょう。

いやそれどころか、世界の人々が「もっと、もっと」と叫び続けることで、人類の生存基盤である自然環境が破壊され、我々の生命が脅かされる事態が起きることも、実際に予想されているのです。  

さらに日本の場合、財政再建が喫緊の課題です。 ここは大幅な増税(消費税25%程度は我慢しなくてはならないでしょう)を受け入れ、生活水準を一旦下げることが必要でしょう。 人口の2%未満しかいない公務員を叩いても殆ど財源は出てきませんし、国民が払っている税金の総額から考えても、大幅な増税は不可避です。

我々は、自らの生活を振り返り、経済的豊かさよりも、精神的豊かさを重視することが必要ではないでしょうか。 実現しないことに対して政府にビジョンや戦略を期待しても無意味です。

我々に今必要なのは、「足るを知る」ということではないでしょうか。

政府が今、国民に呼び掛けるべきことは、「これから大きな負担増をお願いしなければなりませんが、生活水準を下げても、心豊かに生きられるよう、皆で力を合わせてやってゆきましょう」と訴えることではないでしょうか。

国家とは我々の共同体なのですから。 

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