『シリアの春』の行方

2012年07月31日 04:34

シリアの独裁政権の崩壊は近いと見るべきだろうが、世界中から非難されながらここまで生きのびてきたアサド政権の狡猾ぶりを見ると、一筋縄ではいかない不気味さも感じる。

首都から離れたホムスなどを中心に続いていたシリアの戦闘は、ついに政権の牙城であるダマスカス市内に至り、あまつさえ首都中枢部での爆破事件でアサド大統領は義兄をはじめとする側近を失った。


またそれより先の7月初旬には、幼なじみで親友のマナフ・トラス准将が亡命した。それはアサド大統領にとっての最も大きな痛手であり「政権の終わりの始まり」だと見られていた。

准将の亡命は、アラブの春の一連の騒乱の中でも直近のリビア革命の際、カダフィ大佐の右腕のアブデル・ユニス将軍が翻意・諜報反逆・暗殺された案件と重なる。

独裁者カダフィの命を受け「裏切り者」として反政府軍に侵入していた同将軍は、2重スパイとして処刑されたが、実はそれはカダフィの策略によるものだった。いずれにしても独裁政権の崩壊前には同様な出来事が必ずと言って良いほど起こる。

現在はシリア北部の都市アレッポを主体に激しい戦闘が依然として続いていて、首都ダマスカスの緊張状態も相変わらずの状況であるらしい。

追い詰められたアサド一派は、化学兵器の存在を認め、その上「決してそれを自国民向けには使わない。使う時は外敵に対してだけだ」と意味不明かつ異例の声明を出して、大量殺戮兵器の使用をほのめかしている。

面妖極まるそうした動きは、終焉を迎えようとする独裁政権の断末魔の足掻きのようにも見える。が、アサド政権がまだ命脈を保つ可能性も依然として残るのである。

その辺が例えばエジプトやリビアなどの状況とは異なる。自国民を虐殺し続ける蛮行にも関わらず、なぜシリアのアサド独裁政権がしつこく生き残っているのか、少し考えてみる。

バッシャール・アサドとその取り巻きは、これまでのアラブ革命を通して、権力者たちがどのような最期を迎えたか知り過ぎるほどに知っている。政権崩壊後には地獄が待っているだけである。従って彼らは自らの身を守るために徹底して戦い、民衆への弾圧を続ける覚悟である。それはある意味分りやすい動きだ。

カダフィ政権が崩壊したリビアと比較して見ると、シリア革命がなかなか成就しない理由がさらに明らかになる。

リビアの反政府軍は、ベンガジを拠点に広い国土の山野で潜伏、攻撃、退却を繰り返しながら徐々に首都に迫って行き、ついにはトリポリも落としてカダフィを追い詰めた。シリアではそういう戦いができない。なぜならシリアの国土はリビアの約1/10程度の規模しかなく、しかも人口はリビアの3倍以上の約2190万人もいる。

狭い国土のシリアは、リビアに比較すると都市化が進み、人口の約半数がダマスカスやアレッポなどの都市部に集中している。その都市部は政府軍がほぼ完璧に掌握していて、自由シリア軍をはじめとする反政府勢力は、拠点となるような国土の重要な場所をしっかりと制覇できずにいる。

そうしたことに加えて、シリアの反政府軍は多くの派閥に分裂していてまとまりがない。中心となる自由シリア軍でさえ、はっきりとした指導者がいないような現状である。このことはアサド後の政権の受け皿が存在しないことを意味する。

言うまでもなくロシアと中国、さらにイランなどがアサド政権をあからさまに支援していることも大きい。エジプトやリビアのケースでは、それらの国々は欧米の介入に対して賛成はしなかったものの、反対にも回らずに静観するという態度に出た。アラブ諸国を始めとするその他の国々も同じである。だから欧米列強は、リビアではNATO軍による軍事介入さえすることができた。

シリア危機では状況が一変して、前述の国々がシリアを公に支持・支援している。欧米列強は軍事介入どころか経済制裁さえ思うようにはできないのが現実である。国庫の富を使って取り巻きの歓心を買っているに違いないアサド政権にとっては、ヘタをすると欧米列強の軍事介入よりも怖いのが完全な経済封鎖による孤立である。それによって国庫が疲弊しバラまく金がなくなったら、政権を裏切る者が続出するのは火を見るよりも明らかだからだ。

シリアに利権を持つロシアや中国、それにイランなどの支持・支援が続く限り、アサド独裁政権の壊滅までの道のりはあるいは長いのかも知れない。しかし、圧政が終わりを告げるシナリオは、もはや書き換えのできない決定事項のように見える。ぜひそうであってほしいと願うのは、きっと僕だけではないだろう。

仲宗根雅則
テレビ屋

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