「失われた20年」と日本経済

池田 信夫

「失われた20年」と日本経済―構造的原因と再生への原動力の解明今週のメルマガのテーマは「流動性の罠」。その原因を金融政策に求める愚かな政治家が後を絶たないが、本書はその最大の原因を貯蓄超過に求めている。これは日本経済の慢性疾患だが、最近は家計貯蓄率が下がるのを相殺するように企業が貯蓄超過になっている。

このようなISバランスの不均衡が長期にわたって続くことは、普通はあまりみられない。開放経済のもとでは、貯蓄超過は経常黒字(輸出超過)に等しくなるはずだが、為替レートがずっと円高だったため輸出が拡大せず、慢性的な需要不足が続いてきた。


貯蓄超過の原因を、著者は生産年齢人口の減少生産性上昇率の低下に求める。労働人口の減少によって資本が過剰になり、生産性(TFP)の低迷で資本収益率が低下したため、90年代以降、民間投資が減少した。その結果、企業が貯蓄超過になるという世界にもまれな現象が起こったのだ。これがゼロ金利(流動性の罠)の続く原因で、これを改善しないかぎり金融政策はきかない。

生産性が低迷している原因を部門別にみると、高かった製造業のTFP上昇率が下がる一方、非製造業ではTFP上昇率が-2.4%になっている。労働生産性の部門間配分も一貫してマイナスで、生産性の高い部門から低い部門に労働が移動した。生産性の高いICTなどの製造業が海外移転する一方、雇用が増えたのは建設・公共部門で、この部門は生産性がアメリカの30%以下と極端に低い。

民間投資の水準はそれほど低くないが、ICT投資が欧米に比較して少ない。電機産業における研究開発投資は十分だが、ICTを利用する企業で合理化投資が少ない。これは定型的な事務をアウトソースすることによる組織改編をきらうためと考えられ、これが労働生産性の上がらない原因である。

規模別では、グローバル化する大企業で生産性が高いが、国内投資が少ない。工場別にみると、生産性の高い新しい工場が閉鎖されて古い工場が残る負の退出効果がみられることが、日本の製造業の一貫した特徴である。これは最新鋭の工場ほど新興国との競争が激しいため海外移転するものと考えられ、大企業が国内で貯蓄超過になるのも、投資の海外シフトと考えられる。

90年代にみられたバランスシート調整による過剰債務の削減が終わっても、依然として貯蓄超過が日本経済の成長を制約する最大の要因になっている。これには人口減少や雇用調整の遅れ、あるいは新興国の追い上げや新陳代謝の停滞など、複雑な要因がからんでいるので、解決は容易ではない。政府投資は過剰貯蓄を吸収する役割を果たしたが、今では過大な政府債務が日本経済の不安定要因になっている。

生産性の高い部門から海外シフトしているため、国内の生産性はアメリカに比べて30%以上低い。特にサービス業の生産性が低いので、規制改革で福祉・医療などに民間の参入を促進する必要がある。また法人税の減税、TPPなどの国際化、M&Aの促進などによって、資本開国で新陳代謝を促進することも有効な政策だろう。個別分野に補助金をばらまく「成長戦略」は有害無益である。