今こそ価格メカニズムを見直すとき --- 森 宏一郎

アゴラ編集部

■はじめに

今に始まった話ではないものの、特に近年、「財源がない」、「医師がいない」、「自然環境がない」という話が多い。これらの話の根幹には、資源配分や資源利用の非効率性の問題がある。

規制緩和を旗印とした小泉改革以来、社会格差が広がったと言われ、市場メカニズムの評判が悪い。その象徴的な言葉が「市場原理主義」である。この言葉から受ける印象は、「市場が悪の親玉」といったところか。

しかし、そんな市場にも、重要かつ有効な資源配分機能がある。それは、価格メカニズムである。価格メカニズムの良さは、各人にコスト意識を持たせるところにある。価格のおかげで、各人はそれぞれで分散的にコストと便益を比較し、資源利用量を決めていく。


これは次の2つの点で良い。
1つは、社会全体での便益が最大になるように、限りある資源を利用できるようになる点。
もう1つは、各人がそれぞれで意思決定するため、どこかに情報を集めて意思決定しなくてもよい点である。

■救急医療における選定療養費

救急医療を担う医師は希少資源である。つまり、救急医療サービスには限りがあるということだ。

他方、救急車の利用は無料であり、休日・夜間の救急診療に特別な料金はかからない。簡単に言えば、価格はゼロ。価格がゼロならば、医療サービスの利用者側にコスト意識はないということになる。

利用者側にコスト意識がなければ、緊急性がなくても、平日昼間に病院へ行くのと同じ感覚で、休日・夜間に病院へ行ってもなんら不思議ではない。事実、個人にとっての利便性を動機に、コンビニ受診をしている人たちがいる。

また、一般の人たちに医学的専門知識があるわけではなく、彼らの不安感を否定することはできないが、軽症患者が休日・夜間の救急外来に殺到するという事態も起きている。

結果、救急医療を必要とする患者に十分な医療サービスを提供することが困難になっている。さらに、こうした過剰労働供給状態を背景として、医師の疲弊によって、救急医療を担う医師が減少するという悪循環も起きている。

救急医療サービスという希少資源を有効に配分・利用するためには、コスト意識が欠かせない。そこで、救急医療について、選定療養費を取る医療機関が出てきている。

選定療養費とは、救急医療を利用するとき、軽症患者の場合は通常の診察料金に加えて追加料金を徴収するというものである。例えば、軽症患者が救急診療を受けるときは、8千円をいただきますという具合だ。

患者は追加徴収料金のコストと救急診療を受ける便益を比較して、便益が上回ると判断する場合だけ、救急医療を利用することになる。こうなると、コンビニ受診も明らかな軽症患者の受診も抑制されることになり、本当に救急医療を必要とする患者が救急医療サービスにより多くかつ迅速にアクセスできるようになり、患者と医療サービスの間のミスマッチが減少する。もちろん、これは社会にとって望ましい。

加えて、救急医療サービスを受けるかどうかの意思決定は各人が行うため、病院が集約的に情報管理して意思決定する必要性はない。この点でも効率的である。

選定療養費については、命を金で買うことになるのではないかという反論が出てくるかもしれない。これについては、次の2点を注意しておく必要がある。

1つは、軽症患者でなければ、追加徴収料金は発生しないこと。したがって、救急医療を必要とする緊急度の高い患者には追加徴収料金はかからず、彼らの受診抑制は起きにくい。

もう1つは、軽症患者やコンビニ受診が殺到するために救急医療サービスを浪費する社会コストと軽症患者だと思って救急医療へ行かずに重篤化するケースの社会コスト(発生確率や件数を考慮)を比較しなければならないことである。現状を考えれば、明らかに前者のコストの方が後者よりも大きい。

繰り返すが、医療サービス提供側の資源も希少資源なのであって、配分の効率性は考慮しなければならないということだ。

■子供医療費の無料化

多くの市区町村で子供の医療費の無料化が行われている。これは良いことだろうか。

医療機関も小児科も潤沢にあるのであれば、一見、問題なさそうにも見える。しかし、コスト負担は地方公共団体がすることになっており、その財源はやはり希少資源である。もちろん、現実的に医療機関も小児科医も潤沢に存在しているわけではない。

したがって、救急医療のケースと同様に、子供の医療費の無料化が資源の浪費と資源配分のミスマッチを起こしている可能性は十分にありえる。

■環境問題

環境問題の本質は、環境そのものや環境から受け取るサービスが市場取引できないために、価格がつかないために浪費されたり過剰開発されたりしてしまうことである。

人間も豊かに生活を送る必要があるため、とにかく環境を守れということにはならないが、便益とコストのバランスに配慮するということがなければ、過剰開発や浪費は起きてしまう。

価格メカニズムの活用は、浪費を防止するための重要なシグナルになるうえ、各自で分散的に便益とコストバランスに関する意思決定ができるという点で優れている。価格メカニズムが使えるところはちゃんと使うということが重要なのである。

■配分の効率性vs.分配の公平性

社会に存在する資源利用について「配分の効率性」と「分配の平等性」の両方を同時に考慮することが重要である。どちらか一方に偏れば、必ず他方が問題として出てくる。

近年、社会格差が話題になることが多く、分配の平等性を強調しすぎているようにも見える。もちろん、分配の平等性は社会にとって重要であるが、希少資源の浪費が大きな社会的コストになっている点は無視できない。

分配において経済的要因が問題となっている場合、価格をゼロにするのではなく、所得移転メカニズムで対処する方が望ましいのではないか。配分の効率性を考慮しておくためには、コスト意識を誘発する価格の機能は残しておく必要があるからである。

価格メカニズムの良さを生かしながら、市場を補完する政策の構築こそが重要だ。医療、福祉、環境といった公共的な性格を持つ財・サービスの問題では、このような基本的視点での思考を忘れてはならない。

森 宏一郎
滋賀大学国際センター 准教授


編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年8月7日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。