8月15日と韓国

2012年08月15日 11:34

今日は8月15日である。67年前のこの日に、昭和天皇による終戦の詔書が放送された。ポツダム宣言の受諾を国民に知らしめたのである。翌月の9月2日に降伏文書に調印し、日本は連合軍の統治下に置かれた。

かくの如く、日本は「敗戦」を真正面から受け入れた。そして、20年後には、その後の世界の高速鉄道の規範となる新幹線を運行させ、東京オリンピックを開催するに至るのである。


さて、日本に取って極めて重い意味を持つ8月15日の前日に、韓国、李明博大統領に依る問題発言が発せられた。読売新聞が伝える所では、李大統領、天皇陛下の訪韓「心から謝罪」が条件との事である。

韓国の李明博大統領は14日、天皇陛下が訪韓を希望しているとの認識を示した上で、訪韓の条件として「(日本の植民地統治期に)亡くなった独立運動家に対し、心から謝罪する」ことを挙げた。大統領による天皇陛下への「謝罪要求」は極めて異例で、今後、日韓で波紋を呼びそうだ。李大統領の発言は14日、忠清北道の大学で行われた教員らとの会合の席上であった。大統領府が発表した発言要旨によると、李大統領はまた、「『痛惜の念』との言葉だけなら、(訪韓の)必要はない」とも述べた。

この発言は、韓国社会に今尚脈々と流れている華夷秩序を強く意識したものと推測する。一昨日のアゴラ記事、韓国が日本への挑発を止めないのは何故か?で説明した通りである。

小中華の中心に韓国があり、韓国に劣る日本の天皇が訪韓したければ先ず過去を謝罪しろと主張しているのである。

勿論、韓国国内下層階級に向けた、性質の悪い「ポピュリズム」に過ぎない。

欧州の王家や、中東の王国を支配する王族は挙ってこれを嫌悪するに違いない。欧州で秋風が吹き始め、中東でラマダンが終了した頃には、韓国の外交官やビジネスマンは、彼らを直撃する冷たい風を身に染みて感じる事になる。

さて、李明博大統領は何故8月15日の前日を選んで、この発言を発したのであろうか?

韓国の言う、8月15日「光復節」で何らかのプロパガンダを行う為の布石と推測する。

私は、この8月15日「光復節」と言うのが、韓国近代史の欺瞞の中核であり、且つ、日韓外交のボタンの掛け違いの始まりと認識している。

先ず、第一に昨年12月のアゴラ記事、朝鮮半島情勢とは?で説明した通り、韓国の独立は1945年8月15日ではなく、3年後の1948年8月13日である。そして、この独立も、自らが血を流して勝ち取ったものではなく、日本の敗戦に依り労せず獲得したものである。露骨に言ってしまえば「棚ぼた」である。

今一つは、日本の植民地支配から脱却の日と言う事であるが、これも欺瞞である。何度も同じ事を書いて恐縮であるが、下記歴史的事実は韓国に依って隠蔽され、多くの日本人も正しく理解していない。これが、ボタンの掛け違いの背景になっている。

昭和20年8月15日、日本の終戦に伴い、当時の朝鮮総督、阿部信行陸軍大将と朝鮮軍司令官上月良夫陸軍中将の二人が、朝鮮総督府から日章旗(日の丸)を下ろし、太極旗(現・韓国国旗)を掲揚させると共に、朝鮮建国準備委員会を結成させ、朝鮮に自治権を付与しました。つまり、終戦の日、朝鮮は「自治権」を獲得したのであって、決して日本から「独立」したのではないのです。しかしその自治権も、同年9月8日、米軍が南朝鮮(後の韓国)に進駐してくると解消されてしまいます。進駐してきた米軍は、ソウルの空にはためいていた太極旗を引きずり下ろし、再び日章旗を掲揚させたのです。つまりアメリカは、朝鮮をあくまでも「日本の一部」として扱った訳で、その「日本の一部」である朝鮮が、やれ「自治権」だの、やれ「独立」等とは以ての外というわけです。

アメリカ軍は当時の韓国の行政能力等全く評価しておらず、日本軍に対しアメリカ軍の進駐が完了する迄暫定的に統治を継続する様求めた。そして、日本軍からアメリカ軍への権力の移行後も引き続き朝鮮総督府に依る行政が継続した。

更に言えば、韓国初代大統領李承晩の劣悪な施政を経て、現在韓国の礎を構築した朴正煕元大統領は日本の陸軍士官学校を卒業し、関東軍士官の軍歴を持つ、万事日本風の思想を持った政治家であった。

話は、やや脱線するが次期韓国大統領候補の最右翼、朴槿恵前ハンナラ党代表は朴正煕元大統領の長女である。私が韓国市場を担当した、1990年から1995年にかけ、年間20回~30回現地に出張したが、経営者、知識階級では「独裁」の弊害を認めつつも朴正煕元大統領の評価が突出して高かった。

漢江の奇跡を実現した手腕、実績や、万事日本的で合理的な考え方、最後は死後蓄財が全くなく、韓国の権力者には稀なネポティズムとは無縁であった事が背景にある。朴槿恵候補の人気も亡父の遺鉢の継承者としてのものと推測する。

李明博大統領の一挙一動に、一喜一憂しても日本として得る所は少ない。一方、野田首相の如く余りに「反応が鈍く」、「行動が遅い」と人心が離反する。

今日の様な日(8月15日)にこそ、67年前のこの日を日韓両国がどの様に迎え、その後どの様な歩みを進め、何処にボタンの掛け違いがあったのかなど、冷静に分析すべきと思う。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役

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