米国を「金持ち野蛮国」に変えた犯人達─(その1)金融ロビー「人が銀行を襲う」と逮捕され、「銀行が人を襲う」とボーナスが出る国

北村 隆司

1929年の世界恐慌は、不況の最中に投機熱が煽られても適切な抑制措置をとらなかった事と、金融政策の失敗が重なって引き起こされた。

これに懲りた米国は、1933年に連邦預金保険公社(FDIC)設立などの銀行改革や商業銀行と,他の金融業の兼業を禁止する厳しい銀行規制を定めたグラスステイーガル法を発効させて兼業による障害に対処した。

爾来、1980年代までの半世紀に亘り金融危機の再来を防いで来たのは、同法の功績だと私は信じている。


1980年代に入ると、財テクと言う名の下に、金融工学を駆使した数々の金融商品が市場に登場した。特に、マイケル・ミルケンの編み出した高利回り債(ジャンクボンド)は、企業買収資金の調達や住宅ローンの証券化に大流行し、当時の地方住宅金融の担い手であった貯蓄金融機関(S&L)までが、高利回りを求めてリスクの高いジャンク債や商業用不動産の運用に手を出した。その結果、多くが経営破綻に陥り、その処理に1700 億ドル( 17.5兆円)の血税を 投じて収拾する事態に発展した。

多数の失業者を出したこの不幸な事件も、ウォールストリートには金儲けの絶好の機会にすぎず、ファニーマエ等の米国版特殊法人の補償や税法の特典を活用した不良債権の証券化などで、巨額の手数料を稼ぎまくった。

加害者が褒章を受け、被害者が罰を蒙る典型例である。

その危機の余波も収まらない1994年には、米国連銀の元副議長やノーベル経済学賞共同受賞者がLTCMと言うヘッジファンドを立ち上げると、欧米の金融機関を初めとする投機家が殺到し、あっという間に1300億ドルもの資金運用と、1.25兆ドルに上る取引契約を締結する超大型ファンドに成長した。

然し、予想もしなかったアジア通貨危機とロシア財政危機の大波に飲み込まれた同社は、あっという間に倒産寸前に追い込まれ、その規模に驚いた連銀が、自ら一私企業の救済に乗り出す騒ぎとなった。
この事件の陰には、ソロスを初めとする投機家の逆張りがあったと言う噂もあったが、「Too big to fail」の悪しき前例を作り「倫理無き金融」の風潮が蔓延ることになる。

世間を騒がせても何のお咎めを受けない事に自信を深めた金融ロビーは、大型投機の障害であるグラスステイーガル法の廃止に懸命の努力を続け、1999年にグラム・リーチ・ブライリー法を成立させ、商業銀行、投資銀行、証券会社、保険会社それぞれの間での統合が許される成果を挙げた。

そして迎えたのが、2007年のサブプライムローン問題に端を発した米国住宅バブル崩壊である。
バブル崩壊当初は「財務省には住宅の差し押さえ回避を支援する義務がある」と言明していたゴールドマンサックス出身のポールソン財務長官も、その額の大きさに気がつき、金融セクターの支援を優先したTARPを打ち出し、「加害者優先、被害者見殺し」と言う「政府と金融」の結託はここでも守られた。

CNNが断罪したレーマン・ショックの10大容疑者とその後の容疑者の姿を見ると「人が銀行を襲う」と逮捕され「銀行が人を襲う」とボーナスが出る国の姿が鮮明に映る。

1位のジョセフ・カッサノ氏はAIGの金融商品事業本部長として、CDSを乱発してAIGを国の管理下に追い込んだ張本人だが、奉職中の10数年間で得た300億円以上の報酬はそのままで、移住先のロンドンで優雅な生活を送っている。

2位のリチャード・フルド リーマンブラザース会長は、2007年度の報酬額だけで50億円を超えていたが、何の罪も問われす、現在でも通常の人には想像も出来ない豪華な生活をしている。

証券取引委員会委員長としての業務を怠ったとして3位に指名されたクリストファー・コックス氏は、大型弁護士事務所のパトナーやコンサルタントとして健在であり、グラム・リーチ・ベイリー法の発案者で4位の犯人に指名されたフィル・グラム前テキサス州選出共和党上院議員は、UBSの投資銀行部門の副会長として、金儲けに忙しい。

そして、20年近く連銀総裁を勤め、インフレを防ぎながら米国の成長の舵取りをした神格的な人物とされたアラン・グリーンスパン氏も、危機の予測に失敗した政策を問われ5位の犯人に指名された。

議会で追及された同氏は、金融政策の正当性を主張しつつも、「ベストアンドブライテスト(学校俊才)の集る金融界を信用していたが、これ程強欲に走るとは思わなかった。規制無用論の信念は揺らいだ」と証言しながら、引退後は、ニューヨーク大学の後輩のジョン・ポールソン氏の主宰する巨大ファンドの相談役を務めている。

「犯罪」とも呼ぶべきこれ等のスキームを主導した大手金融サービスグループのトップは、今でも年俸は軒並み20億円を越えている。

それに比べ借り手側は、不動産価値の暴落、借金の支払い遅延による強制立ち退き、支払い圧力から逃れる為の自宅放火や自殺、住宅関連産業を中心とした失業など数限りない苦労を強いられたが、さしたる救済策はなかった。

グリーンスパン前連銀総裁の「ベストアンドブライテスト(学校俊才)が、これ程強欲に走るとは思わなかった)と言う嘆きをよそに、ここ数年、全米大学で一位の評価を受けているプリンストン大学の卒業生の40%以上が金融界に就職している現状では、米国の「富裕な野蛮国」の勢いは止まりそうもない。
野蛮な金権亡者の拡大を防ぐ為には「グラスステイーガル法」の復活と「金融ロビー」の跋扈を防がなければならないが, 私に名案はない。