インサイダー取引における情報提供者に共謀共同正犯は成立するか? --- 山口 利昭

2012年08月21日 10:26

SMBC日興証券社の元執行役員の方がインサイダー取引(金商法違反)被疑事件で逮捕されたことはご承知のとおりかと思いますが、その元執行役員の方は、実際に株式の売買を行った金融会社社長と同様に「正犯」として起訴されたそうであります。つまり共謀共同正犯として立件された、ということであります。インサイダー取引規制は主に情報受領者が自らの利益を得るために未公表事実を用いて株取引を行うことを罰するものでありまして、情報提供者は処罰の枠外であります。もちろん、情報提供者を助けるという意味での「ほう助犯」が成立することはありうるとしましても、「正犯」として立件するということはおそらく初めてのことであり、検察側の並々ならぬ意欲が窺われます。


ただ、インサイダー取引規制(金商法違反)の実行行為としては、実際に株取引で利得を得ることが可能な地位にあることが必要かと思われます(実際に株取引で利益を得ずともインサイダー取引違反は成立しますが、少なくとも利益を得ることができる立場にあることは必要)。元執行役員の方は、自ら株取引をやるわけではないので、そもそも利得を得ることが可能な地位にはないように思われます。そうしますと、果たして元執行役員の方が、インサイダー取引規制の実行行為を遂行できない(厳密にいえば、共謀によっても、インサイダー取引の実行行為者と同等に評価できるほとの主観的な意思を持ちえない)ことになります。

この点検察側は、(元執行役員は)利益を得ることが可能な地位にあったものと捉えているようでして、それは金融会社社長が株取引でもうけることができれば、自分が金融会社社長に負っている損失補償分もまた減少するという意味において、元執行役員も利得を得る地位にあったものと評価されているようであります。しかしそもそも顧客の損失を補てんすることは禁止行為であり、損失補てんの合意が直ちに取締法規違反として無効になるわけではありませんが、おそらく公序良俗違反となり私法上も無効になる可能性が強いと思われます。そうなると、法律上の利得を元執行役員が得ることができる地位にあったわけではなく、単純に「やっかいなトラブルから逃れられる」という事実上の利益を得るにすぎないものと考えられます。

しかし、果たして「事実上の利益」を得ることが可能な地位にあれば、情報提供者もインサイダー規制違反の実行行為者になりうる、ということが妥当なのでしょうか。もし事実上の利益を得ることができるだけで正犯性が認められるのであれば、(各証券会社の報告書にも出てきますように)この元執行役員の方以外にも、各証券会社において「顧客サービスの一環として」情報を流した営業社員の方々がいるわけで、そこでも「情報提供者の事実上の利益」を認めることはできるように思われます。「元執行役員については正犯性が認められるが、その他の営業社員には認められない」という区別を説明するには、事実上の利益というだけでは説得力に乏しいのではないでしょうか。

元執行役員側は、共謀共同正犯としての起訴事実について争う方針のようでありますが、かりに裁判所が未公表事実の情報提供者について共同正犯の成立を認めるということになりますと、法律の改正を待たずともその適用範囲は相当に広がる可能性があるわけでして、少なくとも上場会社の役職員に対する影響力は高いものになろうかと思います。情報受領者が正犯となり、情報提供者はその「従犯(教唆、ほう助)」にすぎないと考えれば、検察側はまず情報受領者を捕まえて、その正犯を確定することが前提となりますが、情報提供者にも正犯が成立するとなれば、まず情報提供者から捕まえて、情報受領者のインサイダー取引は補助的に活用する、という手法もとれることになります。つまり検察側の捜査手法にバリエーションが増えるわけで、下からではなく(見せしめ的に)上から規制の網をかぶせることができることになるのではないかと。課徴金制度と刑事罰処分とをうまく組み合わせることによって、相当に弾力的な摘発が可能になるものと予想されます。

こうなりますと、インサイダー取引を規制する意味は「抜け駆け的な不届き者への処罰」というよりも「投資家に対する信任義務違反への処罰」という意味合いが強いものになっていくように思われます。このようにインサイダー取引規制の趣旨を変化させることによって、①証券会社に対する事前規制的手法(証券会社に「市場の番人」たる責任を加重させる施策)と、②一般上場会社に対する事後規制的手法(エンフォースメントを活用した企業の自主規制へのインセンティブ)とを協働させる妙味があるように思われます。インサイダー取引規制の在り方は、多くの不公正取引の温床となっている要因を取り除き、市場の健全性を確保するためにも、その実効性をどのように確保すべきか、これからも注目されるところであります。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年8月21日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。

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