貞操を守ったECB

小幡 績

さすが。バーナンキとは違う。

ECBは国債買い入れプログラムを理事会で決定し、ドラギ総裁が記者会見で発表したが、さすが。大事な一線は守り抜いた。

第一に、これは量的緩和ではない。

第二に、証券の市場価格を引き上げることを一義的に狙ったものではない。

ごく普通に見えるが、素晴らしいぎりぎりの政策だ。


結果としての形としてみると、いわゆる不胎化政策を行い、購入した国債の分は、ほかの保有債券を売るなどして、流通する紙幣量は一定に保つ、ということと、もう一つは、一部で望まれていた上限金利を設けないことが、今回のポイントだ。

前者は、あくまで、ベースマネーとしてはニュートラルだということ。したがって、資産市場を支えるためにやるのではない。もちろん、財政ファイナンスにならないように、財政再建プログラムとの連携を図り、プログラム違反やユーロの規約違反となれば、その国債は買い入れない、というところも当然で、まっとうだ。

しかし、FRBやイングランド銀行はこの点で異なっており、明らかな量的緩和で、マネー以外の資産価格を上昇させようとしている。

ECBの購入は、価格の上昇を狙ったものではなく、市場が機能不全に陥り、うわさや不安で価格付けがおかしくなっており、暴落スパイラルが自己実現する可能性のある債券の市場において、その機能不全と不安やパニックを解消することが目的なのだ。

この二つは実質的には、暴落した国債の価格が戻ることになるから同じだ、というのが、雑で野蛮な投資家の意見であるが、この微妙な違いには、決定的な質の違いがある。

中央銀行の役割は、あくまで、金融市場の補助、それを十分に機能させる、という役割なのだ。そして、ECBは金融政策と、この買い入れ政策とも一線を引いている。

実体経済における景気回復のためにやっているのではない。あくまで金融市場の機能を正常に戻すことによって、また債券の価格を正常なものに戻すことによって、金融市場を正常にし、その結果、現状の実体経済にふさわしい実体経済の成長率を実現する、ということになる。

金融緩和はこれとは別の話なのだ。

また、スペインをはじめとする苦境に陥っている経済に関して、それを救うのは、直接的には、この買い入れプログラムによってではなく、財政再建を含めたトータルパッケージの再建策によるのだ、というスタンスだ。

すなわち、ECBはあくまで、金融市場は実体経済の補助であり、さらに中央銀行は、その金融市場の補助をするという中央銀行と金融の本質を貫いている。

だからこそ、市場性のある国債しか買わない、市場取引が成り立っていない国債については、市場で取引される条件が整ったら購入するということだ。

危機の支援は、別の、各国政府が合意したシステムにゆだねるということだ。

この微妙は役割分担、厳密な線引きは、長期的には極めて重要なものとなる。

そして、これこそが、ユーロの価値の暴落を防ぐ。政治的にもみくちゃにされないように、ECBは何でもありとはならないように、あくまで、ユーロと言う通貨価値を守ることに専念して、それによって、経済を危機から救うという信念が守られているのだ。

FRBは、この一線を越えている。

戻りたいと思ったときに戻ることが出来るか。

それはFRBの方がステイタスが確立しているだけに、ECBのような組織としての成長過程にある中央銀行とは異なり、そこに自信がある、ということもあるだろう。逆に言えば、ECBは危ういので、きっちり守るべきところは守る必要があるということだ。

ユーロが暴落し、崩壊することは、この一線を守り続ければないのだ。