日本は「法の支配」の反面教師

2012年09月25日 07:02

24日から国連総会が始まった。今年のテーマは「法の支配」。野田首相は演説で「法の支配にのっとって領土や領海をめぐる紛争を予防し、平和的解決を図ることの重要性」を訴える予定だそうだ。これは願望としてはわかるが、国際法には法の支配はないというのが通説である。それを担保する国家主権がないからだ。


主権(sovereignty)とは「それより上位の権力のない絶対的な権力」という意味だから、橋下徹氏の「主権国家の主張がぶつかり合った時には、より上位の規範で法原理的に解決するしかない。国際司法裁判所での法的解決」というのもおかしい。国際司法裁判所は両方の当事国が同意しないと開廷できないし、その判決に従わない国を処罰することもできない紳士協定にすぎない。

そもそも日本は、他国に法の支配を説教できるのか。昨年5月に菅直人首相(当時)は、中部電力に対して浜岡原発の停止を「超法規的に要請」した。その後も全国の原発は止まったままだが、これは「定期検査が終わっていない」ことになっているのだという。こういう論理で永遠に定期検査を終えなければ、「原発稼働ゼロ」は簡単に達成できる。法律も閣議決定もいらない。日本は政府の裁量で何でもできる人治国家なのだ。

再稼働を許可しない一つの理由が「ストレステスト」が終わっていないことだが、原子力規制委員会の田中俊一委員長は、「ストレステストは参考資料であって、こだわることはない」と述べた。それはそうだろう。これには法的根拠がないのだから、いくらやっても意味がない。今まで全国の原発でやってきたストレステストは何だったのか。

また田中氏は「防災体制がきちんとしていないと、国民の納得はいただけない」というが、立地県の防災計画を再稼働の条件にすると、実質的に地元が運転の許認可権をもつことになる。これは「電気事業は経産相が許可する」と定めた電気事業法違反である。このようにいろいろな人が非公式の拒否権をもつためにアンチコモンズ状態になることが、日本でものが決まらない原因だ。

法の支配がない状態でものを決めるには、中国のように皇帝(共産党指導部)が決めたことが法律だという法治主義にするしかない。これは法の支配と似ているが、その反対物である。高級官僚が自由に法律をつくると、賄賂を取ったり親類縁者を出入り業者にしたりして腐敗に歯止めがきかなくなる。税収が足りなくなると金持ちに適当な罪を着せて殺し、財産を収奪するので、資本蓄積ができない。これが中国の停滞した原因だ。

フクヤマもいうように、非人格的な法の支配によって国家権力を拘束し、人々の自由な経済活動を保証したことが、西洋近代の成功した最大の原因だった。それなしで成功したようにみえる日本も中国も、しょせんは物まねなので、欧米にキャッチアップしたとき成長は止まる――日本はそういう教訓を世界に示す反面教師にはなれるだろう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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