経済成長と水資源の枯渇

2012年10月04日 19:00

池尾先生が「経済成長の長期見通し」で紹介されているRobert J. Gordonの論文:US economic growth over? Faltering innovation confronts the six headwinds の中で。Gordon氏は

(A)2002年以降に発明された数々の優れた発明(iPad, facebook, twitterなど)

(B)水道と屋内トイレ

のどちらか一方を使えなくなるとしたらどちらを選ぶか? という思考実験を提案して(もちろん水道と屋内トイレは譲れないところだろう)IR3よりIR2の重要性を説いている(IRは産業革命の略)。

確かに、IR2は、大きく人間の生活を変え、食糧生産に充てる人口を小さくし、都市化を進め、家事から女性を解放した。それに比較すれば、IR3(情報革命)の力不足は明らかだ。

なるほど、この論文の主張するように、少なくとも先進国の経済成長の時代は終わったのかもしれない(日経に「限りない経済成長の時代は終わったのか」という解説記事もあり)。確かにこれは大変だ、エリート以外には、生きにくい世の中になるだろう。 

しかし、事態は、もう一段深刻なのではないか、というのが、この記事の主張である。 工業や、情報技術のイノヴェーション以前に、我々の生存そのものが脅かされそうだからだ。 


枯渇する地下水

「水資源の危機ー渇く地球」で書いたように、水資源は今後、今後、大きく伸びることは期待できず、むしろ減少する可能性が高い。 なぜなら、地下水資源が枯渇の危機に瀕しているからだ。

既に、「食糧生産と世界人口」で書いたように、アメリカのハイプレーンのオガララ帯水層やインドのパンジャブ地方などでは、地下水位の低下が著しい。 「低下する地下水面、減少する穀物収穫量」で、レスター・ブラウン氏は次のように述べている。

世界銀行の調査では、中国北部で互いに近接する3つの河川流域――北京と天津を流れる海河、黄河、黄河の南を流れる准河(わいが)――で、地下水の採掘が行われていることが示されている。海河流域では、年間400億トン近くの水が不足している(1トン=1立方メートル)。現在この不足分を埋め合わせている帯水層が枯渇すると、穀物1トンの生産には1,000トンの水を使うため(注)、穀物収穫量は4,000万トン減ってしまう。これは1億2,000万人を養える量である。

「枯渇に瀕する華北平原の地下水」で解説されているように、中国の華北平原でも地下水位の低下が進んでいる。既に400メートル以上も掘らないと地下水が出ないというところもあるらしい)

さらに、インドについてはさらに深刻であるとし

インドの穀物収穫量は、水不足と非農地への転用による耕作地減少の影響を受け、2000年以降は頭打ちの状態だ。2005年には世界銀行が、インドの食糧供給量の15%が地下水を採掘して生産されているとの調査報告を出している。言い換えるなら、インド国民のうち1億7,500万人を養っているのは、まもなく干上がるであろう灌漑用井戸の水で栽培された穀物だということだ。

と述べている。

これを裏付けるように、最近の研究によれば、世界の地下水は平均して、その涵養量(降水により自然に補充される量)の3.5倍の量を汲み上げており、特にパンジャブ地方、華北平原、イラン北部などでは、涵養量の数十倍の水を汲み上げているという。 地下水資源の枯渇は近い。  

地下水の枯渇は、以上のように深刻な問題であるが、それは何より、食糧生産に直結する問題だからである。 小麦1トンを生産するのに水2000トン、コメ1トンを生産するのに水3600トン、トウモロコシ1トンを生産するのに水1900トン、小麦1トンを生産するのに水2000トンが必要とされる。パンジャブ地方における緑の革命の顛末を書いた「緑の革命とその暴力」に書かれているように、穀物生産を増加させるには、それに比例して水資源が必要になるのである。 つまり倍の収穫を得るには倍の水、倍のエネルギーが必要になるのだ。 冬季の降雪の減少、氷河の消滅や後退など、地下水以外の水資源も減少傾向にある。

シェールガスの採掘などエネルギー生産にも大量の水が必要であり水資源の有限性、減少は、我々の生活そのものを脅かす。

海水の淡水化 

一方、減少する水資源を補うテクノロジーは、ほとんどない。 唯一のテクノロジー、海水の淡水化については、産油国などで、巨大な海水淡水化プラントの実用化がなされ、大きいものでは日産数十万トンの淡水が生み出されている。 

しかしながら、海水から、蒸発あるいは、逆浸透法(半透膜による塩分除去)を行って、淡水を得るには、(原理的にも)巨大なエネルギーが必要である。

現在、1トンの淡水をつくるのに、効率のよいものでも3キロワット時の電力が必要であり、現在、淡水の用途の7割を占める膨大な量の農業用水を賄うことは、不可能といってよい。 たとえば、小麦1トンを収穫するために、海水を使うと必要な水を賄うだけで、少なくとも6メガワット時の電力が必要となる計算で、電力が非常に低廉に手に入らない限り、コストが高すぎる。

水資源の不足が経済成長を止める

水資源の減少は、食糧生産のピークアウトを非常に近い将来引き起こすことになるだろう。その結果、世界全体の経済規模もピークアウトし、縮小に向かうと思われる。如何に、情報機器や工業製品でイノヴェーションが起ころうと、食糧が足りなくては、経済成長どころではないからだ。 

今、水資源の問題が一見、顕在化していないように見えるのは、先進国に経済力がまだ残っており、食糧を輸入できるからだが、いずれ、それも終わりを告げるだろう。

ストックホルム国際水研究所の報告書:「Feeding a Thirsty World,Challenges and Opportunities for a Water and Food Secure Future」では、食糧の最適な分配を行えば2050年でも90億人の世界人口を養えるとしているようだが、これは世界の人々が、ほぼ、ベジタリアンになり、食糧を分かち合うという前提で書かれたものだ。現実はそれほど美しいものではなかろう。 

21世紀は、世界的な飢餓の時代となることは間違いないだろう。 こうした中で、資本主義自由経済が続けられるのか、あるいはどう変わってゆくのか、公平な分配をめぐって、難しい問題になるだろう。   

顕在化する気候変動

水資源の枯渇だけでなく、気候変動の問題も既に顕在化している。 以前取り上げたアメリカの大干ばつだけでなく、日本国内だけ見ても

東京の9月の気温の推移

青森の9月の気温の推移

を見れば、お気づきのように、今年の9月は異常な暑さだった。前半は平年より6-7℃も高い日が多かった。このため、青森では早生のリンゴの色づきや食味が落ち小玉になったという。 昨年は一昨年7月の気温が異常に高かったため、リンゴは長野、東北とも不作だった。山形では例年の60%程度しか収穫できなかった。 これはリンゴの花芽が分化する7月の気温が高かったためだという。 温暖化で小玉になる傾向が強まっている、むつや、つがるといった品種を諦め、ふじなどの晩生種への移行が進んでいるという。

一方、九州にはミカンに被害を与える、元々沖縄にしか生息していなかったミナミトゲヘリカメムシが出現している。(「ミナミトゲヘリカメムシによる被害と防除対策」参照)。  

このように、気候変動は既に顕在化しており、生物に与える影響を人間がコントロールすることは不可能に近い。 エアコンで凌ぐことのできる人間と野外にいる生物とは全く異なるのである。 今後、生態系に与える影響が顕在化することになるが、これは想像するのも恐ろしい。 人間は自然の前に無力さを思い知らされることになる。

人間は、あまりにも傲慢で、持続性に無頓着だった。 21世紀の世界に明るい展望を描くことは難しいが、何とか乗り切ってゆきたいものである。 

(注)1トンの穀物を収穫するのに1000トンの水では実際には足りないと思われる。

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