逆転したマルクスの予言 - 『共産主義の興亡』

池田 信夫

共産主義の興亡共産主義の興亡
著者:アーチー・ブラウン
販売元:中央公論新社
(2012-09-06)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


社会主義は1990年代に崩壊したと思っている人が多いようだが、本書も指摘するように、スターリンの死んだ1953年から崩壊は始まっていた。1960年代後半の新左翼は社会主義国を「スターリン主義」と呼んで敵視しており、1980年代にはとっくに知的権威を失っていた。むしろ問題は著者もいうように、あんな非効率な国家がなぜ70年以上ももったのかということだ。

共産主義はユートピア思想としては古くからあったが、マルクスの思想は圧倒的に完成度が高く、多くのインテリを魅了した。しかし当の労働者には彼の思想は理解できず、西欧では共産主義運動は失敗した。ロシア革命は、第一次大戦のドサクサにまぎれたクーデタで、レーニンとトロツキーの革命政府は少数派による軍事政権だった。内戦でボルシェヴィキが貧しい民衆の支持を得たのは、党にすがれば今よりいい生活ができるという救済の約束だった。

この点では、共産主義は「科学」よりキリスト教に近い。 都市化でコミュニティを失った貧しい人々が党に救いを求めるのは、現在の日本の共産党や創価学会とも共通で、「派遣村」や『蟹工船』がニートの共感を得るのとも似ている。貧しい人々が多いのは事実だったが、その原因が資本主義だという認識は間違っており、社会主義は彼らを救うという目的とは逆の結果をもたらした。

最近は資本主義を攻撃するのが恥ずかしいためか「市場原理主義」や「新自由主義」などを指弾するが、命令によって経済を統制しようとする人々の危険性は変わらない。 1930年代に行なわれた農業の集団化は壊滅的な失敗に終わったが、このころ世界恐慌によって資本主義の「無政府性」が批判されて共産主義が評価され、第2次大戦ではスターリンの戦時体制が結果的に機能した。

しかしこうした恐怖政治は1960年代以降のイノベーションに適応できず、西側との格差が拡大した。実際に経済メカニズムとして機能していたのは社会主義経済ではなく、ソ連ではブラット(癒着)、中国ではグワンシー(関係)とよばれる属人的関係による「非公式の経済」だった。

では社会主義を崩壊させたのは何だったのだろうか。根本的な原因は経済の悪化だが、崩壊のきっかけは教育の普及で識字率が上がるとともに通信手段が発達し、電波が国境を超えて、社会主義より劣っているはずの資本主義社会のほうがはるかに豊かだということを人々が知ったことだったと著者はみる。「資本主義は必然的に崩壊して共産主義に移行する」というマルクスの予言とは逆に、共産主義は必然的に崩壊したのだ。