イケア(IKEA)の事業戦略にみるコンプライアンス経営のむずかしさ --- 山口 利昭

2012年10月09日 09:46

京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学賞を受賞された、とのことで、誠におめでとうございます。ちょうど5年前に、当ブログでもご紹介しましたとおり(万能細胞への熱き思い)、大阪弁護士会で(ブレーク前夜の)山中教授にご講演いただいたことがありました。たまたま以前から存じ上げていた関係で、ご講演を依頼したものでありますが、あの京大再生医学研究所のなんとも言えぬ動物臭の中で、講演の打ち合わせをさせていただいたことが思い出されます。


私はiPS細胞作製の功績は不案内ですが、山中氏の開発技術を日本の国益にどう結び付けるべきか、というあたりの政治的才覚については、本当に素晴らしいものがあると感じておりました。山中氏も、「コテコテの大阪人」の悲しい性(さが)からか、講演ではかならず笑いをとろうとされるところが、また素晴らしい。スウェーデンでの授賞式を、奥様とご一緒に堪能される姿を楽しみにしております。

さてノーベル賞ではございませんが、スウェーデンに関連するお話であります。先週、少しだけ話題になっておりましたが、家具・インテリア販売大手のイケア社が、サウジアラビア向けのカタログから女性モデルの掲載を消去したところ、母国スウェーデンでは大きな批判を受けたたことで、正式に謝罪をされたそうであります(たとえば毎日新聞ニュースはこちら)。イケア社としては、中東国の宗教上の慣習、文化に配慮して女性モデルを表に出さないようにされたそうでありますが、それがダイバーシティを企業綱領とするイケア社や母国政府の姿勢と合致していない、ということだそうで、政府からも遺憾の意が表明されたとのこと。

昨今、コンプライアンスは「法令遵守」というよりも、「社会からの要請に応えること」と定義付けられることが多くなりました。しかし、この「社会からの要請に応える」という定義も、きちんと考え出すとむずかしいところがあります。このイケア社の例でもわかりますように、グローバル企業にとって海外の地域住民や相手国政府もステークホルダーであり、当該地域でビジネスを展開する以上、その地域の慣習や伝統を守る姿勢は正に「社会の要請の応える」ことであります。グローバル展開する企業が当該地域で尊敬されるのは、まさに当該地域の利益向上に資するがゆえのものであります。当該地域に溶け込むためには、(良い悪いは別として)その宗教的慣習や伝統文化を受け容れる必要があるのではないでしょうか。

しかし一方で、イケア社の母国スウェーデンは世界有数のダイバーシティ推進国であります(男女平等担当大臣、という方がいらっしゃるのですね)。とくに男女平等の精神に反する企業行動は、おそらく母国では受け容れがたいものとなり、サウジアラビア向けとはいえ、販売用カタログに女性モデルだけを消去するという対応は到底許容できないものに映ったものと思われます。これもやはり「社会の要請に応える」という趣旨からすると、全世界共通のカタログを中東国でも配布すべきである、ということになりそうです。母国の国民や政府も立派なステークホルダーなので、結局のところ、グローバル展開を図る一企業としては、どちらのステークホルダーの利益を優先させるか、という難題にぶつかることになります。

このようにコンプライアンスを「社会からの要請に応えること」と解釈いたしますと、結局のところ「コンプライアンスに100%の正解はない」ということになります。よくCSRは「企業が本業によって持続的成長を図ること」と捉えられますが、いくら持続的成長が大切とはいえ、市民との共生を図る形をとらずに持続的成長する企業はいらない、というのが世界のCSRの趨勢かと思われます。したがいまして、こういったステークホルダーの利益の優劣の判断は、自社の企業綱領や企業倫理のモノサシに従って、社会の流れをみながら経営者が行わなければならないものと考えます。また、そういった取締役会での合意形成は、有事になってからでは遅すぎるのでありまして、平時から(現実を直視して)ある程度の優劣判断を合意しておく必要があるものと思われます。100%の正解がない以上、企業綱領に基づいて、どのように判断すれば株主等への説明責任が尽くせるのか、そこでは理屈と倫理と数(管理)の側面から考察しなければならないものと思われます。

ただイケア社の事例でひとつ関心がありますのは、全世界に事業展開をするイケア社のようなグローバル企業において、ある地域の販売戦略が経営マターとされているのかどうか、ということであります。つまりある地域の販売戦略は、その地域の責任者レベルで判断され、経営陣が判断すべき重要事項とはされていなかったのではないか、という問題です。カタログから女性モデルを消去する、という販売戦略が、はたして今回のように母国で担当大臣から遺憾の意を表明され、経営トップが謝罪をしなければならないような大問題に発展することになるとは、想像できたでしょうか。単純に「どっちのステークホルダーの利益を優先すべきか」という問いは、後だしジャンケンの思想であり、リスク管理の視点から本当に大切なことは、誰かが「これって大丈夫?」と、コンプライアンス問題に気付き、これを経営者レベルの問題だと認識できるかどうか、というところではないかと思います。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年10月9日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。

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