金融庁・不正対応監査基準(案)を法的に考える(その1) --- 山口 利昭

2012年10月11日 06:48

さて昨日に引き続き、9月下旬に素案が公表されました企業会計審議会(監査部会)「不正対応監査基準」に関する話題であります。昨日は、

さて、明日(もしくは明後日)は、この続きとして、不正対応監査基準(案)で中心テーマとされている「不正リスクの評価問題」と「不正の端緒の把握」との法律的な関係について述べてみたいと思います

と書きましたが、皆様方(とくに会計士や税理士の方々)よりいただいたコメントやメールなどを読ませていただきまして、もうワンクッション、予備知識として申し上げておいたほうが良いのではないか、と思われる事項がございますので、とりあえず(その1)ということで寄り道をさせていただきます。


まずひとつめは、当ブログで過去に何度もご説明させていただいているのですが、なかなかご理解いただけていないようなので、確認のために書かせていただきます。公認会計士・監査法人に「不正発見義務」があるといいましても、それは結果責任を問われるわけではない、ということであります。運悪く、被監査企業が粉飾決算を行っており、これを監査法人が見破ることができずに適正意見を書いてしまったとしても、直ちに「不正発見義務違反」になる、というわけではございません。

私法上、準委任契約に基づく公認会計士の職務上の義務は「為す債務」であり、財務諸表が適正に作成されているかどうかを一般的な注意を尽くして監査のうえ、意見を表明する義務であります。ここに「不正発見義務」が含まれると考えるならば、それは「不正を発見できるよう最善の努力を尽くす義務」であり、最善を尽くしたけれども粉飾を見破れなかった場合には、何ら民事上の責任は問われません。救急患者が運び込まれた救急病院の当直医師の例を何度も挙げましたが、ほぼ同様に考えられるところです。

したがいまして、不正発見のために最善の努力を尽くす義務とは、いったいなんだろうか? というところに、たとえば不正対応監査基準が参考にされる可能性があるだろう、ということであります。監査基準は公認会計士に向けられた行為規範たる性質をもつものなので、課徴金処分や懲戒処分の根拠にはなったとしても、基準違反がそのまま民事上の善管注意義務違反や過失ありと認定されるわけではありません。民事上の義務違反を合理的に推認させる根拠にはなりうるものかと思いますが、監査制度が投資家のために必要と思われる範囲を超えてまで不正発見のための監査を要求するということはありえないわけです(このあたりの手当てについては「その2」で述べたいと思います)。こういったことを前提として、不正発見義務の中身を、法的性質から明らかにしておくことが議論の整理のためには必要だと考えております。

そしてもう一点、あらかじめ認識しておいたほうがよろしいと思われる点がございます。それは「監査見逃し責任」という公認会計士・監査法人の民事責任が問われる際に要件とされている「因果関係」と会計士の責任との関連性であります。公認会計士が契約責任を問われる場合(善管注意義務違反)であっても、また不法行為責任を問われる場合(職業人として要求されるレベルの注意義務を尽くさなかったことによる過失)であっても、当該会計士のミスと粉飾決算による株主や会社の損害との因果関係が立証されることが必要ではないか、といった問題です。

とくにご注意いただきたいのは、金融商品取引法上の開示責任であります。監査証明業務に従事している公認会計士は、虚偽記載によって(正確には虚偽記載の開示書類に対する意見表明によって)株主が損害を被った場合には、自らミスがなかったことを立証しなければ責任を負うことになります。これだけでもたいへん会計士には厳しい不法行為の特別規定なのでありますが、さらに厳しいのは因果関係の立証であります。金商法による開示責任につきましては、公認会計士の責任を追及する場合、原則に立ち戻って原告側が会計士のミスと損害との間における因果関係を立証しなければなりません。

本来ならば、「会計士が適正な業務を遂行していたとしても、粉飾は見破れなかった。だから不適切な監査業務と粉飾決算による株主の損害とは因果関係が認められない(不適切な監査を行ったために、粉飾が見破れなかったという関係には立たない)」と主張することで、会計士は免責されるはずであります。しかし、金商法の条文はそのようになっていないのであります。条文は虚偽記載と株主の損害との因果関係を問題としているのであり(「虚偽記載により生じた損害」)、会計士の注意義務違反(任務懈怠)と損害との因果関係を問題にはしていないのです。ということは、たとえ原則どおりに株主側が不法行為に基づく因果関係を立証する責任があるとしても、比較的容易に因果関係を立証することが可能になる、ということです。

ライブドア事件判決やアーバンコーポレーション事件判決などを契機に、金商法上の開示責任(不法行為責任の特別規定)は、①「公表」の時期、②損害の範囲、そして③ガバナンス(誰のどのような行動が「相当な注意の抗弁」として免責対象となるか)の三点から、商法学者や実務家を含めて、とてもホットな話題になっております。そもそも株主保護のための規定ですから、今後、公認会計士・監査法人の民事責任も、金商法上の開示責任規定を根拠に問われることが予想されます。そこでの会計士のリーガルリスクの現状を踏まえたうえで、この不正対応監査基準を考える必要があると思われます。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年10月11日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。

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