金融庁・不正対応監査基準を法的に考える(その2) --- 山口 利昭

2012年10月15日 13:16

さて素案が出ております金融庁・不正対応監査基準を法的に考えるシリーズは、今回が実質的には3回目のエントリーでございます。今回は、もっとも私的に関心の高い不正リスクの評価と不正の端緒との関連性についてであります。これを法的に検討するにあたっては、ナナボシ監査見逃し事件の大阪地裁判決(平成20年4月18日)と、大原町農協監査見逃し責任の最高裁判決(平成21年11月27日)が参考になろうかと思われます。なお会計監査人の方にとりましては、法的責任とは別に行政処分(懲戒処分や課徴金処分)についても関心が高いものと思いますが、ここではあくまでも民事上の法的責任を念頭に置いていることをご理解ください(監査基準はあくまでも監査人の行為準則であり、ダイレクトに民事上の責任の根拠となるものではございません)。


不正の端緒(不正による重要な虚偽表示の端緒)というのは、この監査基準素案によりますと、これを示す状況を監査人が認識した場合に調査対象となります。通常の監査計画に基づいて監査を行っていたところ、不正の端緒を示す状況を知った場合には、そこから一気に緊張関係が高まり、法的には結果回避義務が具体的に特定されるようになるものと思います(ここまでは、比較的わかりやすい議論かと思います)。

しかし、ボーっとしていた監査人、手抜きをしていた監査人は、不正の端緒に気付かないので、結果回避義務が発生せず、むしろ有能な監査人ほど不正の端緒に気付いてしまうために、法的に求められる経過回避義務のレベルが高くなる(つまり過失が認められやすくなる)というのも、なんだかおかしくないでしょうか?いや、たしかにおかしいですよね。こういったことについて、監査役(正確には監事)の法的責任を認めた大原町農協事件判決の考え方が参考になろうかと。

つまり不正の端緒という概念は、監査基準上のものではありますが、法的にみると不正の端緒が一般的な水準の注意義務を有する監査人にとって明白な場合と、そうでない場合とに分けて考えることができるものと思います。たとえば、監査人にとって不正リスクが高いものと評価せずに監査計画を立てて、その計画に従って監査手続きを履行しているケースでは、この不正の端緒の存在が「明白な場合」にのみ監査人の注意義務違反が問われることになります。また、不正リスクが高いものと評価していた場合もしくは高いものと評価すべきであった場合には、そもそも監査手続きが「不正による虚偽表示は見逃さない」といった注意モードに入っているわけですから、たとえ不正の端緒が監査人にとって「明白な」ものとは言えない場合でも、直ちに注意義務違反の認定が可能になってくる、というものです(現に、ナナボシ事件大阪地裁判決は、このたびの監査基準草案に出てくる「不正リスク評価の例」のうち、経営者に対する極度の売上向上のプレッシャーや絶対的支配者たる地位など、いくつかの事実を認定して、そこから監査人の不正発見義務を導きだしています)。

不正対応監査基準が出されたからといって、一気に不正監査の手順を厳しくしなければならない、ということになりますと、監査法人としては報酬額を上げざるをえないことになり、経済団体からも反対が表明されることになろうかと思われます。また、投資家保護のための監査という制度監査の趣旨からみても、過剰な監査になろうかと思われます。ただ、不正を許さないための監査基準ということなので、監査人としては、どこかでシフトチェンジしなければなりません。したがいまして、監査計画策定の段階であれば不正リスク評価(ただし、これはいまでもリスク・アプローチ監査のなかでは当然のことかと思いますが)、そして期中であれば不正の端緒(もしくはこれを示す状況)によって、監査人と会社側との緊張関係の高まり(もしくは更なる監査への協力関係)が必要になってくるわけであります。

法的に見ましても、監査人を訴える側において不正の端緒(もしくは不正の端緒が明らかであること)を主張・立証し、監査人側においてこれに反論する、という流れになろうかと思います(膨大な監査調書を原告側で精査する必要はないかと)。そして不正の端緒が存在するケースにおいては、これを見逃したことについて監査人側に落ち度がなかったことについては監査人側で主張・立証する、ということになるのでしょうか。これが訴訟における双方の負担という意味においてもバランスがとれていると思われますし、当事者対等主義による民事訴訟法での真実解明にも役立つものになります。

このように考えますと、今後はこういった不正対応監査基準を拠り所として、公認会計士・監査法人の法的責任が問われる事例が増えてくることは間違いないところかと思います(とくに金商法24条の4を根拠としたものが増えるのでは……)。ただ、訴訟を起こされる件数が増えることと、監査人が訴訟で敗訴することとは別でありまして、むしろ争点の形成が上で述べたような形になりますと、被告である監査人側も反論がしやすくなり、結局のところは監査人が勝訴する裁判が増えるように思います。その増えた裁判例から、おそらく一般の投資家にも「監査人の職務とはこういったものなのか」と理解されるようになり、次第に「期待ギャップ」は埋まることになるものと期待しております。そして最終的には裁判結果について監査人側にも投資家側にも予測可能性が生じますので次第に裁判は減ってくるのではないでしょうか。つまり、投資家も期待ギャップの意味を知る努力をしなければならないのですが、いっぽうで監査人側も、数々の裁判を通じて、期待ギャップを埋めていく努力が必要だと思います。

いろいろと私的な見解を述べてみましたが、いずれにしても会計基準や監査基準の改訂は不正のあぶり出しにはたいへん効果がございます。オリンパス事件も金融商品会計基準の改訂が「あぶり出し」のきっかけになりましたし、またアイ・エックス・アイ事件につきましても、メディア・リンクス事件の教訓を活かしたソフトウェア取引の売上計上基準の改訂(総額主義→純額主義)が発覚の要因であります。このたびの議論が、不正会計の早期発見に資するものとなるよう、関係者の皆様方のご尽力に期待する次第であります。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年10月15日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。

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