“出版の未来” プラットフォーム機能とエコシステムの形成 --- 藤村 厚夫

アゴラ編集部

電子書籍のトレンドを追うようにして、セルフ出版型モデルが注目を浴びている。
出版社の、編集の機能はこのまま衰弱していくのか?
出版社は垂直型の機能統合を弱める代わりに、外部とのエコシステムづくりへ向かうべきではないのか?
出版の未来への道は、プラットフォーム機能の強化である。


最近では出版社の役割について悲観的な論調を見かけるようになりました。
たとえば、Amazon による自費出版プログラム POD(プリント・オン・デマンド)、同じく電子書籍自費出版プログラム KPD(Kindle Direct Publishing)などが浸透していくとすれば、場合によれば出版社という中間機構、あるいは編集機能は無用(執筆者には投資対効果が合わない)という見方が飛び出してくるのもわからないでもありません(たとえば → こちら)。

このような変化を、あえて大ざっぱに整理してみましょう。

  • 従来の出版モデルでは、出版社がさまざまな分業を垂直的に統括しながら、流通プラットフォーム部分を分離して他社(流通事業者)に委ねていた
  • 今後に勢いを増すモデルは、流通プラットフォームの担い手が入れ替わり、さらに、出版社による垂直統合的なコントロールが消失し、執筆者のコントロールが前面に出るようになっていく

「あえて」ラフな対比を試みましたが、ここに第三の仮説が浮かびます。それはこうです。

  • 出版社の機能は消滅しない。ただし、垂直統合モデルのかなめとしての出版社の役割は後退し、代わってプラットフォームとしての役割、流通・マーケティングの機能へと比重を移していく

本稿は、未来の出版社は、プラットフォームとしての役割を拡大していく、との展望を提示するものです。

ジャズが好きな読者なら、だれもが知っているレーベルに「Blue Note」(ブルーノート)があります。そのブルーノートブランドを冠した興味深い iPad 版アプリがリリースされました。ただし残念ながら、同アプリの販売は米国・英国限定でわが国からはダウンロードできません。
BlueNoteApp
iPad版 Blue Note アプリ。国内では入手できない

では、そのアプリのどこが興味深いのかといえば、このアプリを取り巻く全体図式が未来の出版社の姿を示唆しているからです。
アプリを紹介する記事からポイントを整理してみましょう。
記事は Billboard.biz 掲載「Blue Note Records App for iPad Breaks New Ground With OpenEMI Initiative」です。
まず最初に、Blue Note アプリの概要について、記事の説明を借りて確認します。

アプリはダウロード無料で、伝説のジャズレーベルに関わるアーティストとアルバムのカタログを、豪華な映像や音楽で体験できる。また、月々2ドル弱を支払う会員購読者になれば、1000以上の楽曲ストリームを視聴することができる。他方、非購読者にはストリーム映像(楽曲)の表示が30秒以下に制限される。

アプリは、典型的な“フリーミアム”戦略を採用しているようで、無償ダウンロードでき、ブルーノートが保有するコンテンツのカタログ的な役割を果たします。と同時に、定期購読することにより、米国の音楽系サービスでは常識になりつつある“聴き放題”のサービスとなるという側面も有しています。
ところで、ポイントは、このようなアプリ企画が今後もさまざまな形で登場してくるらしいことです。その背景について説明を見ていきましょう。

(レコード会社EMI内のプロジェクトである)OpenEMI は、開発者にアプリなどの開発に専念させるべく組織された。OpenEMI チームは、権利保有者との関係をクリアにし、アーティスト、そのマネジメント、そしてマーケティング担当との企画協議を促す。
開発者は自らの開発成果の知的財産を保持しつつ、EMI へ販売ライセンスを行い、売上の40%を手にする。EMI はその残余を保持し、権利者への支払いとマーケティング費用に充てる。

OpenEMI を率いる EMI の上級幹部である Bertrand Bodson 氏は、「EMI のアーティストは良いアプリを持つべきだが、そのためには外部の開発者らリソースを刺激する必要があった」と述べます。
また、同氏は「われわれは、アーティストらと連携し優れたアプリを企画する力やビジョンを有しているが、正直なところ、最高のアプリを内製する力は持ち合わせていない」とします。
そこで、OpenEMI は外部のテクノロジー企業と協業し、アーティストら権利者と権利関係を調整の上、利用可能な楽曲コンテンツをデータベース化し、それを外部のアプリ開発者が容易に利用できるように API を整備することにしたというのです。
著名な楽曲や映像コンテンツを用いてアプリを企画し開発する際の最大の悩みが、ライセンス交渉のハードルにあると Bodson 氏は認識していたからです。
開発者らは、この API を通じて、膨大なライセンス可能な楽曲コンテンツにアクセスしてアプリを開発できると同時に、EMI は、その商用利用についての課金を的確に行えることになります。
記事ではさらに、OpenEMI がすでに480社の開発者に API の利用を許諾していること。そこからすでに50もの企画をオファーされていることなどを伝えています。

これから新たなコンテンツを企画し、出版していくための新たなビジネスモデルをどう構築するか。その課題の解き方と同時に、過去に創造された価値あるコンテンツ群を、いかに“再創造”しやすい環境へと整備するかというテーマが、ここに具体的に見えてきたといえます。
筆者がおもしろいと感じるのは、出版社が、コンテンツの権利調整とその再利用の仕組みを整備するという透明性の高いプラットフォームを担うことと、そこでコンテンツ素材を用いて新たな出版企画を実現するという、従来から持っている役割が互いに競合しないと思えることです。
プラットフォーム機能を果たすことで外部パートナーとエコシステムを形成することと、出版社自らが編集(企画)機能を活かして、コンテンツ製品を創り出すことは矛盾しません。
優れたコンテンツの価値は、たった一度の利用で費消されきってしまうものではないからです。

本稿冒頭で述べた3番目のモデルを繰り返すと、こうなります。

  • 出版社の機能は消滅しない。ただし、垂直統合モデルのかなめとしての出版社の役割は後退し、代わってプラットフォームとしての役割、流通・マーケティングの機能に役割を移していく。ただし、アプリの流通プラットフォームについては、Amazon、Apple、Googleらとの提携が必要になるだろう。収益の配分は流動化せざるを得ない

過去の偉大な資産を保有する(権利者との親密な関係を有することも、もちろん資産です)出版社が、データベースと API の整備で外部事業者とのエコシステムを形成していく流れは、ずい所で姿を現わしてきています(下記記事群を参照)。出版社はプラットフォーム化への道を将来戦略に取り入れるべきなのです。
(藤村)

執筆に当たって参照した記事等: