移民政策の段階的「進化」を目指すべき日本 --- 岡本 裕明

アゴラ編集部

このテーマは非常に重く、かつ、政治家や経済界といった人任せできる内容ではなく、日本人一人ひとりがしっかりした考えをもたねばならない内容です。当然ながらたくさんの異論や批判もあるかもしれませんが、避けて通れないだけに今日の内容にしてみたいと思います。

私がなぜ移民問題を今、取り上げる気になったかといえば日本と中国や韓国をめぐる関係を見て、我々は本当に双方をリスペクトしあいながら共に生きていくことは出来ないのだろうか、と感じているからです。


ここカナダ、バンクーバーは言わずと知れたマルチカルチャー都市。それはニューヨークのメルトポットと称するさまざまな人種をポットに入れて溶かして混ぜてニューヨーカーという新しい種を作るのとは違い、さまざまな国籍、人種がお互いの立ち位置を尊敬しながら他の人種や国の人をも暖かく受け入れるというスタイルでモザイク文化とも言われています。

ですからカナダの日本人は日本人のコミュニティーなどを通じて快適なライフがあると同時にカナダという大きなバックグラウンドに支えられ、かつ、中国や韓国を始め、さまざまな文化、社会をいたるところで感じることが出来るのです。そこには目立ったいざこざはありません。

ところがそのカナダで運営されている日本人向けインターネットの掲示板には目に余るような書き込みが後を絶ちません。実にくだらないことだと思います。では、なぜ、そんなことになるのかといえば書き込む者の思い込みと偏見が先走り、しっかりした理解をもたないからではないでしょうか?

お互いがお互いを十分知らないからうわべだけの事実や情報でエキセントリックになり、盛り上がるということのように思えます。

私が日本、中国、韓国の人々が新たなレベルに進化するには相互交流を進めことが最善の道だと思っています。しかし、双方ともそう簡単には受け入れないでしょう。雑誌のエコノミストに移民政策の記事がありましたが欧州などでは移民の長い歴史の中で一定の進化を遂げたとあります。「無政策」→「ゲストワーカー政策」→「同化主義政策」→「多文化主義政策」であります。同化主義とは例えばフランスの移民になれば移民はフランスを受け入れよという主義であり、多文化主義とは各文化が良さを引き出しながら同化するものでイギリス、オランダ、カナダが代表であろうかと思います。

この発展段階を考えれば日本はまだゲストワーカー政策の初期であります。つまり、カナダの段階より50年や100年レベルの遅れがあると見てよいでしょう。なぜ、50年、100年か、といえばそれは世代と歴史のハードルを乗り越える必要があるからです。

日本にもたくさんの外国人が住んでいますし、日本人も中国や韓国に多数、居住しています。そういう環境があるなら相互交流を深め、お互いを理解することが大事で、何世代もかけてハードルを乗り越えていく努力をするべきなのです。

少なくとも今、政府や地方自治体に出来ることはそのお膳立てを作ることではないでしょうか?自治体ベースでは姉妹都市、提携都市といった交流がありますが、ほぼ完全に形骸化しています。そんな大所高所からかまえるより異文化交流のイベントやスーパー、レストランなどで特設コーナーを作ったり特別メニューを作ることでも良いのです。そこから興味をもっと持ち、人との接点を作ることだと思います。物質的な交流は深まりましたが、人的交流は実に浅いまま今日に至っているような気がいたします。そして多くの大人がそれを受け入れていないという気もいたします。

まずはわれわれが変わる必要があるのではないでしょうか?

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2012年11月7日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。