逆エージェンシー問題

2012年11月10日 12:16

田中真紀子事件の波紋が広がっている。野党は更迭を求め、日経新聞も辞任を求めているが、問題を取り違えている。

これほどの混乱を引き起こしておいて、大臣の職にとどまるのはあまりにも無責任ではないか。来春開学予定の札幌保健医療大など3校の開設について田中真紀子文部科学相が審議会の答申を覆し、いったん不認可とした問題だ。


田中氏は「答申を覆した」のではなく、答申を受けて認可しなかったのだ。大学設置審議会の答申には法的拘束力がないので、彼女の決定は適法である。問題は、大臣が決裁すべき事項を決裁しただけでこれほどの大騒ぎになるまつりごとの構造である。彼女も指摘したように、認可を受ける前から大学の建物を建てるのはおかしい。今の大学設置認可の手続きは、大臣の決定を制度的に不可能にしているのだ。

経済学の教科書では、プリンシパル(依頼人)がエージェント(代理人)をコントロールできないことがエージェンシー問題として分析されるが、ここでは官僚(エージェント)が大臣(プリンシパル)をコントロールする逆エージェンシー問題が発生している。これは例外的な現象に見えるが、よく考えると古典的なエージェンシー問題の変種として理解できる。

霞ヶ関では終身雇用の官僚が1年足らずで交替する大臣を使うので、実質的なプリンシパル(意思決定の主体)は官僚である。通常はプリンシパルが情報劣位になる情報の非対称性が問題になるが、霞ヶ関では官僚のほうが情報をもっているので、古典的なモラルハザードは起こりえない。

問題は情報ではなく、権限の非対称性である。大臣(エージェント)が情報劣位にあるのに、法的な決定権は大臣にあるため、官僚(プリンシパル)としては彼女が決めることを阻止しなければならない。そこで審議会が利用される。1年前に大学設置の申請を受理した段階で実質的に設置認可はおりる(申請を受理して認可しなかったケースはない)のだが、1年前だと大臣が介入して止められるので、大学設置審で半年「審議」して時間をつぶし、既成事実ができて後戻りできなくなってから大臣の決裁を求めるのだ。

経済学の教科書とは違って、実際の社会ではどちらがプリンシパルになるかが最大の争点である。欧米ではゼロから制度を立ち上げることを想定するので、国家権力や資本をもっている側がプリンシパルになるが、日本のように過去の制度を継承する場合には、官僚や社員がプリンシパルで、後から入ってきた政治家や経営者がエージェントになるので、既成事実で上司を拘束する技術が発達する。

官庁では政策を起案するのは課長補佐で、部内の根回しをするのが課長で、政治家と交渉するのは局長という逆ピラミッドになっている。この構造は、平時にはうまく行く場合も多い。全員の利害が一致していれば、人格円満な上司がボトムアップで現場の意見をくみ上げ、実態に即した政策を立案できるからだ。しかし今回のように路線転換が必要な場合には、既成事実で大きな意思決定を縛っているため、誰にも決定ができない。

このような意思決定システムを、内部から変えることは不可能である。そういう改革そのものが、既成事実で縛られるからだ。解決法は、政治家や経営者がゼロから制度を立ち上げてプリンシパルになることしかない。これは経営者の場合は起業すればいいが、政治の場合は政権だけ交代しても、霞ヶ関を継承する限り既成事実から逃れられない。したがって政治任用を増やすことが解決策だが、これも大臣がくるくる変わるようでは無理だ。次の政権は腰をすえて、憲法よりまず公務員制度を改革してほしい。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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