安くて美味いウナギを楽しめる日は来るか

石田 雅彦

食用ウナギの約8割を輸入に頼っている現状の日本なんだが、今夏のウナギの高騰ぶりに困惑した蒲焼き愛好家も多いと思います。さらに、ウナギがワシントン条約で保護対象生物になり、輸入が規制されるんじゃないか、というニュースも飛び込んできて戦々恐々の状況。もしもこの規制が実施されると、日本への輸入には主に中国なんだが輸出国の許可が必要になるわけです。

それにしても天然のウナギなんて、滅多にお目にかかれないほどレアになってしまいました。これは三島市に隣接した清水町にある「うな繁」さんのホームページ。天然ウナギも、若干ならまだ市場に出回っているようです。
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これは筆者が小田原の『伊豆栄』さんで食べた天然ウナギの鰻丼。かなり食べ応えのある逸品でした。


ウナギ好きな日本人の需要をまかなうためには、国内外の養殖に頼らざるをえない。日本や台湾の養鰻では、ほとんどがニホンウナギのシラスウナギ(稚魚)を養魚場で生魚まで育てます。一方、中国の養鰻の場合、約8割をヨーロッパウナギの稚魚を使って養殖している。その過程で、抗生物質などの薬品漬けになるらしいんだが、こうした養鰻用のウナギは沿岸へ寄ってきた野生(天然)のシラスウナギを捕らえ、それを育てて成魚にしています。

ウナギは淡水魚なんだが、親ウナギは陸地や汽水域から海へ戻り、長い旅を経てフィリピン海溝などの深海で産卵する。深海で孵化した後、レプトケファルスと呼ばれる葉っぱ状の幼生からシラスウナギという稚魚へ育つわけです。親ウナギは絶滅危惧されるほどの生物であり、それが深海へたどり着くのも難儀な話。さらに孵化した幼生が無事にシラスウナギまで大きくなるのは厳しい自然環境では大変なことです。ワシントン条約で規制の動きは、シラスウナギはもとよりウナギ資源自体がかなり枯渇し始めている、という危機感から出ている。

そこでウナギを卵から養殖することが考えられてきたんだが、これがまた難しかった。親ウナギからの採卵と授精自体は、ホルモンを使うことでなんとか乗り越えたらしい。この技術は北大の研究が有名で、1970年代には人工孵化が実現しました。

しかし、孵化後のレプトケファルスから大きくするのが大変で、ウナギのレプトケファルスの場合、なぜか歯が外へ向かって生えていて、こんな歯でいったい何を食べて育つのかわからなかった。そもそも、天然のレプトケファルスの消化器官には、食べ物がまったく発見されませんでした。これは、レプトケファルスの消化器官が未発達で、食べ物をひじょうに選り好みしてるからです。

レプトケファルスはいったい何を食べて大きくなっているか。多くの研究者が挑戦したんだが、そのブレークスルーが、田中秀樹氏らの研究グループ(水産総合研究センター増養殖研究所)の研究成果。田中氏らは多種多様な試行錯誤の末、人工孵化させたレプトケファルスに乾燥させたサメの卵を食べさせ、養殖できるまでにシラスウナギを大きく育てることに成功しました。

これが2002年のことです。人工孵化の実現から実に20年以上の歳月がかかっている。どうしてこんなに時間がかかったのかと言えば、ウナギのレプトケファルスの生態がまったく不明だから。観賞魚を飼った人ならわかると思うんだが、水質、水温、水圧、明るさ暗さなど、飼育環境の組み合わせがもともと膨大です。さらに消化器官が未発達で、エサの選択も膨大な数になる。この試行錯誤に時間がかかったんでしょう。

また、田中氏らのブレークスルーには、各公的研究機関の独法化が大きかったようです。独法化前までウナギ種苗関連の事業は、前述した水産総合研究センターの増養殖研究所、愛知県や静岡県などの各都道府県の水産試験場、東大(大学院農学生命科学研究科)や北大(大学院水産科学研究科)といった研究機関がバラバラで研究し、共同研究がなかなかできなかった。

ところが、独法化により「ウナギ種苗生産総合技術開発」という広範な事業となり、予算も効率的に使えるようになったようです。さらに言えば、必要は発明の母、なんて言いますが、ここんところの資源枯渇に対する危機感も研究が長足に進んだ要因だと思います。

まだまだ日本には、同じような理由で停滞している研究テーマがありそうです。研究事業の共同化、というのは蛸壺に縄張り争いのある分野にこそ必要、ということ。また、研究者の背中を押す社会的な要請、というのはインセンティブとしても大きいでしょう。

ただ、サメの卵を使う育成方法には、サメの卵が養魚生け簀の下へ沈んでしまうために大量の養殖には向かない、さらにコストが高い、という課題があります。こないだ海洋研究開発機構が「ウナギの幼生の食性を解明」したんだが、どうも深海へ降下する動植物プランクトンの死骸「マリンスノー」を食べているらしい。この発見でより効率的なエサの開発につながるんじゃないか、と期待されています。

また、採卵する親ウナギ自体、天然物の入手が困難なわけで、養殖ウナギの成魚を使うしかなくなっています。採卵に適した質の高い成魚をどう育てるのか、というのが今後の課題でしょう。

たとえば、養殖で増やした大量のニホンウナギの成魚をフィリピン海溝などの深海へ放ち、自然状態で産卵させ、資源を大きく回復させる、という方法も考えられるかもしれません。このためには、養殖ウナギで雌雄のバランスが大きく雄ばかりに偏る現象を解明しなければならないんだが、日本人のウナギへの執着ぶりを考えれば、いずれこの課題も乗り越えていくと思います。

ところで、みなさんご存じの通り、土用の丑の日は平賀源内が作った宣伝広告です。老舗のウナギ屋の中には、土用の丑の日に「ウナギ供養」と称して休店する店(たとえば名古屋の『いば昇』)も多いんで要注意だ。

ウナギの旬はこれからです。脂がのった冬が美味い。こんなKYっぽいエントリーを書いたのも実はこの季節だから。寒い時期のウナギ、いかがでしょう。