認知的不協和と財政危機

小黒 一正

先の通常国会では、消費税率が2014年4月に8%、15年10月に10%に引き上げられることが決まった。しかし5%の増税は「止血剤」にすぎず、本質的に日本財政が危機を脱出したわけではない。

実際、内閣府は2012年8月下旬の「経済財政の中長期試算」で、今回の5%増税を実施しても、20年度の国と地方の基礎的財政収支(GDP比)は約3%の赤字になるとの試算を公表しており、財政・社会保障の抜本改革が不可欠であることは明らかだ。

しかし、抜本改革は進まない。この理由の一つとして、社会心理学の概念である「認知的不協和」(cognitive dissonance)との関係が一時ネット上で話題となった。


「認知的不協和」とは、アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した概念で、「人間が自らの中に矛盾する認知を同時に抱えたときに覚える不快な感情」を表す言葉である。

すなわち、人は誰しも行動や思いに不一致があると、自らの心の中に不協和が生まれるが、フェスティンガーの仮説では、そのような不協和は人にとって不快であるため、それを低減または解消しようとする心理作用が働く。例えば、以下の2つの認知があるとする。


<認知1>
少子高齢化の進展で社会保障費は毎年1兆円超のスピードで膨張するとともに、財政赤字は恒常化しており、財政危機の回避には「増税」「歳出削減」が必要である。
<認知2>
増税・歳出削減という「痛み」を伴う改革は回避したい。

「認知1」は財政の現状や財政危機を回避するための方法に関する「事実認識」で、「認知2」はその方法を前提とするときに生まれる「感情」である。自明であるが、これら2つの認知は互いに矛盾する。

このような矛盾を抱えた状態では脳に過剰な負荷がかかるため、認知的不協和の理論によると、人はこの矛盾を低減または解消しようとする心理作用が働く。その際、「認知1」の「事実認識」が妥当で、財政危機を回避する方法が「増税」「歳出削減」しかない場合、最も合理的な対応は、「感情」に相当する「認知2」を以下の認知3のように変更することである。


<認知1>
少子高齢化の進展で社会保障費は毎年1兆円超のスピードで膨張するとともに、財政赤字は恒常化しており、財政危機の回避には「増税」や「歳出削減」が必要である。
<認知3=認知2の変更>
増税や歳出削減という「痛み」を伴う改革を推進する。

しかし、認知3の中身である増税・歳出削減を実施することは、一時的な「苦痛」を伴い、結局、心理的に大きな負荷がかかる。このようなケースでは、「感情」に合せて「事実認識」を変える行動が起こる。その際、以下のような新たな認知を加えることで、不協和を低減させる。

<認知1>
少子高齢化の進展で社会保障費は毎年1兆円超のスピードで膨張するとともに、財政赤字は恒常化しており、財政危機の回避には「増税」「歳出削減」が必要である。
<認知2>
増税・歳出削減という「痛み」を伴う改革は回避したい。
<認知4>
確率は低いが、かつての高度成長期やバブル期のような高い経済成長が再び起これば、増税・歳出削減は行わなくても、財政危機は回避できる。

認知4が現実化する確率が低い理由は「かつてのコラム」で説明したが、このような認知的不協和は戦前の日米開戦に関する政治判断でもみられた。

例えば、『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹著、中公文庫)がその政治的意思決定のプロセスを克明に描いているように、日米開戦直前の夏、「総力戦研究所」が設置され、若手エリート30名による開戦シミュレーションが重ねられた。その予測は、現状では日本に勝ち目はないとの結論であったものの、時の政権は開戦を決断して「無残な敗戦」に至った。

この意思決定の脆弱性の背後には、時の政治指導者や世論の間に「どうにかなる」との甘い期待と幻想があり、「現実」を直視せず、「感情」に合わせるように「事実認識」を捻じ曲げてしまった日本の姿があったのではないか。

このような認知的不協和を再び繰り返さないためには、冷静な分析を行いつつ、「事実」を深く認識することが必要である。「前回のコラム」でも指摘したように、財政危機が顕在化してからでは遅い。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)