映画『007』シリーズの新しい秘密兵器は「IMC」?

新田 哲史

映画『007』シリーズのファンとして、50周年記念作の今回は何かが違うと予感している。

23作目となる最新作「スカイフォール」は10月26日に英国など25か国で公開。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントの発表では、その週末時点の興行収入は7,770万ドル(約61億円)。25か国の大半で週末成績1位と、ダニエル・クレイグが同じく主演だった前2作を上回った。第23作は2年前、MGMの財政難の影響で制作中止になったが、その危機を乗り越えての公開。11月9日の米国公開、そして12月1日の日本公開も同様のヒットを予感させるが、長年のファンとして盛り上がり方の変化と、それを裏付ける数々の仕掛けがあるのではないかと感じる。なお筆者は、興行関係者と接触は一切ない中で論評している。


元新聞記者で、今はフリーとして言論、企業の広報支援活動を行う筆者は社会部時代、映画『007は二度死ぬ』(1967年)のロケ地となったホテルニューオータニの歴史を振り返る企画したほど長年のファンだが、シリーズがマンネリ化し、冷戦終了後に新作が6年途絶えた時期もある80年代後半~90年代前半、中学・高校の同級生は「今更『007』が何で好きなの?」と冷ややかに見られたものだ。ところが今回、『007』に関心が高くなかった女性らの「今度のボンドはマッチョだね」などの反応が増え少々驚いている。

弾みの一つが今夏のロンドン五輪だろう。英国の歴史絵巻ともいえる演出が感動的だった開会式で、ボンド役のクレイグがエリザベス女王をスタジアムにエスコートする共演映像が全世界で流れたインパクトは大きかった。しかし視聴者が個々に感動するだけでは共感の輪が広がりにくい。よく考えて気付いたのは、北京五輪の08年、『007』の前作が公開された09年との変化、つまりソーシャルメディア(SM)の存在だった。当時の日本ではツイッターもFacebook(FB)も今ほど普及していなかった。しかしソーシャルメディア、特にFB普及は大きな変化だ。顔の見える友人同士がウェブ上で、開会式の感想を語り合い、『007』や聖火等の印象的な話題を一層喚起する土壌が整った。

そうした中、五輪終了後も『007』のプロモは近年の作品よりも意欲的だ。広告では「コカコーラ・ゼロ」とのコラボキャンペーンを行い、テレビや街頭などで展開。PRでは、男性向け雑誌「GQ JAPAN 12月号」でクレイグが表紙を飾り、特集記事を掲載する。さらには公開が近付いた10月下旬には、実は昨年7月に長崎の軍艦島で一部のロケを行っていたことを新聞各紙が報道する――等のあらゆる手を打っている。

ここまでなら従来のマス型プロモだが、FBやスマホ普及を織り込んだと思える仕掛けもみえる。上映予定の映画館でおなじみの銃口のロゴを前に記念撮影できるパネルを配置。筆者も思わず、ポーズ写真を撮ってもらったが、FBでシェアし、写真投稿やプロフィール写真差し換えをしたところ、「いいね!」が計40個以上とふだんの何倍も付き、コメントも多めの反応だった。『007』のコンテンツブランド力、ソーシャルコミュニケーションを喚起する実体験となった。

広告とマスPRの露出で人々に「気付き」を与え、SMで作品を巡る友人同士のコミュニケーションを盛り上げる――。興行側は恐らく、統合型マーケティングコミュニケーション(IMC)の手法を強く意識している。ここで重要なのは、一方通行になりがちな広告、マスPRとは違うコミュニケーションだ。まず興行側としては、作品がネット上でどのような評判となっているか注視する必要がある。筆者は一時期、公開中の映画を観に行くかヤフーのレビューを参考に決めていた時期もあったが、万一、「駄作」の風評が立てば見込み客を失いかねない。評判は作品の魅力に基づくとはいえ、ポジティブな方向に情報が流れるように最善の施策を仕掛けていかねばなるまい。一方、観客側(生活者)としては、興行側が新作の公開前にネット上に流布する情報に留意する必要がある。

その意味では、興行側にとっても観客側にとっても、実名登録制で顔の見えるFBは重要なインフラだ。日経リサーチの「ソーシャルメディアユーザー調査」(2010年)では、SMで知った情報で商品購入をした経験を尋ねられたユーザーで、「よくある」「ときどきある」と回答したユーザーは、FBが計84%。匿名が目立つミクシィやツイッターは6割程度だった。映画の評判も例外でない。

10月末に都内で開催された「アドテック東京」では、ペイド(広告)メディア、オーンド(自社)メディア以外に、アーンド(第三者)メディアがネット時代にどういうコミュニケーションを取るのか模索する動きもあった。IMCによるアーンドコミュニケーションの重要性が高まりそうな潮流の中で公開される『007』。今後もプロモーションでどんな“秘密兵器”があるか興味が尽きない。(了)

新田 哲史(にった てつじ)
メディアストラテジスト