正義は武器に似たものである。理屈さえつけさえすれば、敵にも味方にも買われる
—芥川龍之介


弱者を救う政策で、弱者が困窮した

日弁連会長だった宇都宮健児弁護士が反原発、反貧困を掲げて、都知事選に立候補するそうだ。私は経済記者としてエネルギーと金融で、宇都宮氏とその同調者が「弱者を守れ」と言いながら、日本経済を壊す姿を見てきた。個人攻撃の意図はないが、同氏を例に日本で頻繁に現れる「視野の狭い正義感」の危うさを指摘したい。
2006年に改正貸金業の関連諸法案が改正され、10年までに段階的に施行された。改正の経緯は長いのでポイントだけ説明する。短く内容をまとめると、1・金利の上限規制(原則15%)、2・総量規制(貸出金の規制)という内容だ。

それまで日本では金利の上限を示す法律が2つ存在した。その間の金利をグレーゾーン金利という。法律上の問題はあったものの、この範囲で消費者金融、リース会社、質屋、クレジットカード会社が借り手と合意を経た上で貸し出しをした。それまで紛争が多発していたが、06年の最高裁判例などを契機に過去に遡って上限金利を適用し、払いすぎ金利を戻すことが政府によって貸金業法の改正と同時にうながされた。

これらはどれも異常な政策だ。特に過払い金の返還は、日本の鎌倉・室町時代の「徳政令」を連想させるような、契約制度を壊しかねない問題だ。日本には資本主義のルールが適用されないのだ。

法改正では、多重債務者とその裏にある貧困の解消が問題になった。そこで「諸悪の根源は消費者金融で規制強化を」と主張する人々がいた。自民党の後藤田正純衆議院議員、森雅子参議院議員、不勉強なメディア、金融庁の中の過激な発想をする一部官僚、そして弁護士業界だ。その主張の中心の一人が宇都宮氏であった。

宇都宮氏は政府の委員会、また各メディアのインタビューで「多重債務者を救え」「消費者金融を排除すれば問題は解決する」「消費者金融は儲けすぎだ」という趣旨の発言を繰り返した。一見すると正しそうだが、間違っていた。各種調査で、消費者金融の利用者のうち多重債務に陥っていたのは、数パーセントにすぎなかったのだ。

金融システムが崩壊、儲かったのは弁護士

規制強化の結果はどうなったであろうか。現在の日本経済を観察してみよう。生活保護受給者の急増、そして中小企業の景況感の低迷の継続が続く。この貸金業関連法の改正が一因だろう。お金の必要な人は「闇金」に流れ、弱者はまったく救われなかった。

そして武富士が2010年に会社更生法を申請、アイフルは事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)による経営再建を行うなど、経営が追い込まれた。また「とばっちり」ともいえる損害を、リース、カード、商工金融業界も受けた。また消費者金融は貸し渋りに動いた。中小企業の経営者は個人名義で借り、資金繰りにそれを利用していたが、その資金が止まり、経営で苦しんでいる。

こうした弊害は予想されていた。池田信夫氏などの経済学者が、法律論ではなく経済合理性の観点から、反対の論陣を張ったが無視された。(池田氏コラム「弱者はなぜ救われないのか」)懸念通りになってしまったのだ。

こうした事態は、消費者金融業界が招いた面もあった。法律で曖昧な規定しかない金利帯でビジネスを行い、派手な広告を繰り返し、債務者教育もせず、長者番付に経営者は名前を連ねて社員は高給を誇り、一部の違法性の疑われる貸し出し、取り立てがあった。反感を集めるのは当然であり、私はこれを批判していた。だからといって、彼らを悪者にしてつぶしても、問題は解決しないどころか、悪影響が日本経済全体に広がった。

一方で、弁護士業界だけは儲かった。過払い金の総額は、グレーゾーン金利が出現した昭和29年からの累積で、推計30兆円という巨額になる。弁護士を通した場合に民事の金銭事案の手数料は2−3割だ。東京情報大学の堂下浩教授の推計によれば、06年から09年までに同大手7社は、推計1兆6000億円の過払い金を返還した。その7割が弁護士・司法書士を使っていると推定され、4000億円以上の報酬がこれらの人々に流れ込んだと見込まれる。弁護士はわずか3万人にすぎない。

私は弁護士が正当な報酬を受け取ることをおかしいとはまったく思わない。また多重債務者を救済するために真摯な活動をしてきた弁護士もいる。しかし、この場合では問題だ。なぜなら宇都宮氏とそのグループは「多重債務者を救え」と連呼して、法改正に導いたからだ。弱者から巨額の報酬を受け取ることには倫理上の問題がある。

宇都宮氏は08年に騒ぎになった「年越し派遣村」の名誉村長になった。社会的弱者から儲けた金でそうした人々が集まった派遣村を支えた姿を見ると、「ブラックユーモア」に見えた。そして民主党が政権交代すると、この村は大きな騒ぎにならなくなった。騒ぎを起こしたかったとしか思えないのだ。

原発の賠償で儲けるのは誰か?

そしてうんざりする出会いを、原発・エネルギー問題で宇都宮氏と再びすることになった。宇都宮氏はその周辺の左派系弁護士グループの支援を受けて、弁護士の増員抑制などをかかげて日弁連会長になった。ちなみに宇都宮氏が日弁連会長時代、事務総長は福島みずほ社民党党首の夫である海渡雄一氏であった。

福島原発事故で日弁連は被曝の危険を訴え、政府の基準づくりを批判する膨大な意見書を出した。私は貸金業法の騒ぎを知っていたため、彼らが新しいビジネス分野を開拓していると、すぐに理解できた。東電の賠償額は昨年の推計では個人賠償で2兆円。ここに弁護士がかかわれば、大儲けできる。事故の損害評価を大きくすることは、東電に財政支援を行う国、その背景にある国民の税負担は増えるが、弁護士の利益のためには合理的な行動だ。

もちろん事故を起こした東電が悪い。そして被害を受けた福島の方は損害を補償されるべきで、それを助けた弁護士が報酬を受け取ることは当然だ。しかしその損害額の評価が、実態とかけ離れて膨らんでいる。今の福島のわずかな放射線量では、健康被害など起こらない。この騒ぎは本当にばかばかしい。

その主張の中心になった、宇都宮氏が「脱原発」を唱える。おかしく、怪しすぎる。

「正義のみかた」を検証しよう

登場人物が同じ、「貸金業法改正」「原発事故補償」の問題を紹介した。どんな教訓を導けるであろうか。

第一に「正義を語る人に気をつけよう」ということだ。こうした人々が実は自分の利益を隠している場合がある。おそらく宇都宮氏とその同調者は「困った人を救え」と真剣に考えているだろう。しかし同時にしたたかに自分の利益を追求することも配慮しているようだ。人間はたいてい、いくつもの顔を持つ。

第二に「善悪で物事は成り立たない。そして社会問題に単純な解決はたいていない」ということだ。「これが答えだ」という主張が世の中にあふれる。例えば、「サラ金が悪い」「東電が悪い」という言説だ。しかし「悪」とされた人々をつぶしても問題は複雑になるばかりだ。

第三に「政策は合理的に決まらない。そしてやりなおしができない」ということだ。一度動き出してしまった改正貸金業法、原発の賠償は、もう後戻りができなくなっている。政策は、民意や感情が左右し、非合理的なことに流れがちだ。誤りの危険を私たちは常に考えなければならない。

第四に「自由な経済活動を大切にしなければならない」ということだ。政府が過度に関わり、特定の人々が儲かる仕組みはたいてい弊害を生む。市場取引が問題を自律的に解決していくというという資本主義社会の経済原則に基づいて、社会問題は解決されなければならない。

おそらく宇都宮氏は、都知事選に当選することはないだろう。大半の人は、彼のこれまでの活動の裏のからくりを説明すれば理解できる。正義を語り、悪を攻撃し、規制を強め、自由な経済活動を壊すという行動に、理性的に思考できる人は拒否感を示すはずだ。

おりしも衆議院の総選挙が行われる。上記の4つの教訓はこれまでの自民党、民主党の両政権の政策に当てはまった。甘いささやきを繰り返して選挙の当選を目指す「正義の味方」があふれるはずだ。私たちは議員の選択を慎重にしなければならない。立ち止まってその人々の本当の姿を見極めたい。「正義の見方」を確立することが、私たち一人ひとりに必要になっている。

石井孝明 経済ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com

注・追記・池尾和人氏から指摘を受け、また一部の反論をいただき参考になった。「貸金業法の改正は失敗だったのか?」。そこで指摘を受けた「世界の大半の国で金利規制はないし、個人間の借金問題に行政が事前介入することも少ない。」は確かに言いすぎで、削除した。15%という低めの金利で小口の個人貸し出し金利を設定する国は少ないが、金利上限についてはそれを置く国がある。お詫びし、以上の点は訂正する。

もちろん明確な解決策はないが、私は法改正のときに消費者金融業界などが、事後的に示した、基金をつくって多重債務者の救済の低利貸し出し、また債務者教育を行う自助努力を促す仕組みづくりの方が、有効な手段ではなかったかと今でも考えている。


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