知恵を生み出す『政治新時代』へ流れを変えよう

大西 宏

『保守と革新』とか、『右と左』という思想が頭の中から消えない人もまだまだ多いと思います。しかし時代の変化は、もうそういった意味を失った古い尺度、古い発想ではなんら解決しない大きな課題を生み出し続け、投げかけてきているのが現実です。『保守』も『革新』もなく、『右』も『左』もなく、いったいどのような『問題解決』のためのアイデアがあり、それを実行できるのかを競いあわなければ意味のない時代になってきています。その課題を解決していく大きな政治転換ができなかったことが、日本に長い停滞をもたらしてきたのです。


かつて経済の高度成長を維持し、その成果としての富の再配分を行い、社会の安定をはかってきたのが55年体制であり、それを『政治1.0』だとすると、日本が競争力を失い、経済の停滞がはじまり、それを補うために財政出動を繰り返していたのが『政治2.0』の時代といえるかもしれません。
しかし、その効果がまったくないままに、財政赤字だけが膨れ上がってしまったのです。GDPの二倍にもなろうとする赤字となるまで、投資してもほとんど効果がなかったことは、政治が主導して、つまり政府が主導して経済を動かす時代が終わったことを意味しています。求められている新しい政治は『問題解決』のための政治です。

どうすれば日本が抱えているさまざまな課題に対してなにを目指して『問題解決』しようとするかの目標設定、つまり構想と『問題解決』のためのアイデアと実行プランを競い合うことが求められてきているのです。なんらかの政策に、賛成だ、いや反対だと言うだけでは、なんら意味がなくなってきています。

思想が関係なくなってきていることは、たとえば日中関係を見てもわかります。『保守』であった自民党時代に日中関係は大きく改善しました。しかし、『革新』の流れを持つ人が多く混在している民主党は、どちらかといえば中国寄りの政党と見られていましたが、実際には、もちろん中国の変化もあったとしても、一瞬のうちに日中関係を悪化させてしまったのです。情勢分析の甘さがあったのでしょう。

日本のエネルギー政策についても、『保守』も『革新』もありません。『右』も『左』も関係ありません。どう解決していくのかの現実的な発想が求められているのです。原発賛成か、反対かの単純な発想では、なんら『問題解決』につながっていきません。原発を止めたままであれば、現実的には化石燃料の輸入を増加させ、貿易収支の悪化となってきます。しかし無原則に原発稼働を行えば、事故の大きなリスクを負ってしまいます。いずれの立場を取るにせよ、新しい発想がなければ現実的ではありません。

昨日の朝の報道番組は非常に面白い展開でした。フジテレビの『新報道2001』では、結局は維新の橋下さんと民主党の細野さんの対談みたいになってしまい、民主党批判ばかり繰り返す甘利さんは、自民党としての方針を求められる展開でした。
甘利さんは、自民党の政権担当能力を訴えておられましたが、日本をどう導くかの構想やアイデアがあっての政権担当能力です。民主党よりましだでは成果は期待できません。

それよりも面白かったのが、『報道ステーションSUNDAY』でした。こちらは、維新の橋下さん、民主党の細野さん、自民党の菅さんのいずれの方も地方分権の重要性を認識されており、どこが違うのかを司会が見失ってしまう展開となっていました。細野さんが、『地方分権』といわず、『地方主権』という言葉を使われていたことも見逃せません。地方に政治の主軸を移す発想だから出た言葉でしょう。

細野さんは、改善的に地方に政治を移していくという発想で菅さんに近いのですが、橋下さんは一挙に変えなければ地方分権は実現しないという発想が異なっています。マスコミもその違いが理解できないのでしょう。細野さんも、菅さんも、現実の事情のなかで最大効果を求めようとしている無理があるように感じます。いっそご両人共に、維新に合流すれば、主張も、政治行動もスッキリするのではないかと感じます。

ふたつの番組を見ていて、おそらく、民主党は追い詰められてのことですが、かなり純化が進んだのかもしれません。自民党はまだ人によって考え方が異なるなんでもありの政党だという印象を受けます。いかに菅さんが立派な政治家だとしても、自民党は一枚岩ではありません。大阪では府と市の統合を絵空事だと批判し、共産党とまで手を組んで、大阪を没落させてきた矛盾だらけの古い体制を維持しようとした人たちもいるのですから。それは『保守』と『革新』で競い合っていた55年体制では許されました。しかし『問題解決』をめざす政治では、それは通じません。

さてビジネスの世界でデジタル化やグローバル化が起こって、もっとも変化したのは、市場のパイを奪い合う、つまりシェアを取り合うことを目的としたマーケティングから、それは結果であって、競争の焦点がどの企業が新しい価値を生み出すのかのイノベーションに移ってきたことです。政治も同じ事がいえます。

『問題解決』を目指す『政治3.0』では、コトラーが『コトラーのマーケティング3.0』で主張しているようにライバルを敬えです。異なる発想のライバルがあって、切磋琢磨することがあってはじめて新しい発想も生まれてくるからです。他党を批判してもいいのですが、なにを目指すのか、どう解決するのかの政策の違いで競いあうのと、互いの能力を批判するのでは異なってきます。

つぎに重要なのは、国民の潜在力をいかに引き出すかに焦点があたっていなければなりません。非効率な公共工事では、国民の潜在力は引き出せず、結局は見せかけのGDPを増やす効果しかありません。

国民の潜在力を引き出すのは、第一に国民が感動し、共感し、明日への希望を感じるシナリオです。第二は、活発な経済活動を導く規制緩和、成長分野や産業の高度化や高付加価値化に向けた政治誘導でしょう。第三は、デジタル革命の時代は、人材で決まる時代であり、社会人を含めた教育の充実と海外からいかに有能な人材を集めてくるかだと思います。そのためには、特定の利権団体から政治を国民に取り戻す必要があります。

それは官僚の人たち、行政に携わる人たちの潜在力も引き出すものであることが重要だと思います。官僚の制度疲労によって目に余る問題が続出していますが、官僚個々の人を批判したところで『問題解決』はありません。制度が疲労しているだけなのですから、制度を変えることを目指すべきです。日航が再建されましたが、働いている人は日航を経営破綻にまで追いやった同じ人たちです。変わったのはなにを目指して働くのかの理念と、採算を考えた仕事に切り替える仕組みでした。

今回の選挙はワンフレーズで煽る選挙ではなく、国民が自ら考えなければ選択できない選挙になりましたが、それは新しい政治への入口になっていくものと思います。気になるのは、『国民の生活が第一』からほとんど情報発信されてこないことです。今の状態だと国民の選択肢にも入ってこないのではないでしょうか。

政治家の人たちも発想転換をしてもらいたいし、この選挙を通して、ぜひ新しい政治の切り口を見出してもらいたいものです。ただ、そんな選挙が違憲状態で行われるというのは残念なことです。