自然失業率という革命

2012年11月26日 10:00

橋下徹氏が「腹に落ちる」という高橋洋一氏のコラムを読んだら、「池田氏は金融政策が雇用に効果があることを知らない」というので驚いた。昨夜の記事でも書いたように、金融政策で雇用を持続的に増やすことができないのは経済学の常識だ。彼はそれも知らないのだろうか。これはフリードマンが1968年に提唱した自然失業率の理論である。先月のメルマガから引用しておこう。

フィリップス曲線は物価上昇率が上がると失業率が下がるという相関関係ですが、これは論理的におかしい。物価が上がるということは実質賃金(名目賃金/物価)が下がるわけだから、労働需要が増えるのは当たり前です。つまりインフレは「見えない賃下げ」で失業率を下げているわけです。

しかし労働者もバカじゃないから、物価が上がるとわかっていると、それを織り込んで労使交渉する。アメリカでは賃金を物価スライドで決める雇用契約もありますから、たとえば物価が5%上がると予想すると労働組合は5%の賃上げ+昇給を要求するでしょう。そうすると物価が上がっても名目賃金が上がるので、実質賃金は同じです。だから労働市場の需給関係は変わらないので、失業率は変わらない。

これを図で示すと、短期フィリップス曲線1で物価水準Pのとき失業率をYとします。ここで景気対策で需要が増えると、インフレになります。物価上昇率がP’になると実質賃金が下がって失業率はY’まで下がります。しかし労働者がインフレを予想すると、予想物価上昇率はP’になるので実質賃金が下がり、労働供給が減ります。これによって短期フィリップス曲線は右にシフトして2になり、失業率は結局Yまで戻ります。

このときの失業率の長期的な均衡水準Yをフリードマンが自然失業率と名づけたことが論議を呼びましたが、実体経済が安定した状態で維持できる失業率はゼロとは限らない。ケインズ理論では、完全雇用か不完全雇用かが大事だったのですが、フリードマンは完全雇用という概念を否定したわけです。

世の中で、すべての人が勤めているということはない。会社がいやになって辞めた人もいるだろうし、もっといい待遇の職を探している人もいるでしょう。そういう摩擦的な失業が、つねに何%かあるはずです。それ以上むりに失業率を下げようとすると、インフレになるわけです。しかも予想と現実が一致すると失業率は自然水準に戻ってしまうので、失業率を下げるためにはインフレを加速しなければならない。これがスタグフレーション(インフレと失業の併存)の原因です。

私がこの論文を読んだのは、浜田宏一先生のゼミだった。経済学の論文を読んで「目から鱗が落ちる」という体験はめったにないが、この論文にはそれぐらいのインパクトがあった。浜田先生はフリードマンがきらいなので、この論文を批判していたが、今となってはどっちが正しかったかは明白である。自然失業率は、経済学を変える革命だったのだ。

しかしフリードマンの論文から40年以上たっても、彼の理論は理解されていないようだ。いまだに高橋氏のような「どマクロ」経済学を振り回すエコノミストが横行し、それが政治家の「腹に落ちる」のは困ったものだ。これは「ケインジアン対マネタリスト」などという学派の問題ではない。現代のマクロ経済学には、ケインジアンもマネタリストもいない。自然水準の概念を知らない人は、経済学者とも呼べないのである。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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