社外取締役制度に対する最近の議論と若干の私見(その3) --- 山口 利昭

アゴラ

欧州域内に本籍を置く上場企業に対し、2020年までに女性の非常勤役員の比率を40%まで引き上げる法案が成立するそうです。ダイバーシティの義務化が実現するようで、「女性役員が在職する企業のほうがパフォーマンスが高い」という実証結果を根拠にしているようです。


さて、社外取締役制度に対する最近の討論に関する若干の私見ですが、(その2)の続きを書きたいと思います。前回少しご紹介した「社外取締役を導入することが相当でない理由」に関する論点ですが、旬刊商事法務の座談会記事(1978号6頁以下)等を読みますと、やはり企業側にとって相当にハードルは高い、とのご意見が強いようです。

ただ私なりに(冷静に)この「社外取締役を導入することが相当でない理由」を考えますと、以下のような理由はいかがでしょうか。たとえば

企業の組織構造(多角化事業、グループ企業化、グローバル化、業態業種)からして、当社では社外取締役がその企業特性を理解するためには、相当の時間と労力を要する(いわば情報獲得コストが高い)。当社として意思決定のスピードがさらに要求される時代において、このような状況で外部第三者が経営に関与したとしても、企業価値の向上することが困難なばかりか、企業価値を毀損させてしまうおそれがある、

というものです。もちろんすべての上場企業にあてはまる、というものではありませんが、組織構造が複雑な企業では、こういった理由も成り立つのではないでしょうか。企業としては、価値向上のために社外取締役を導入したいわけですが、独立性要件を満たすことができる「全く業界の異なるところ」から選任したい。しかし、そういった方に取締役として経営に参画してもらうには、よほど社内事情に精通してもらわねばならない、たとえば海外展開を中心にしている企業など、どうやって社外取締役の方が意見を述べられるのか疑問である、ということです。先の座談会記事におきましても、「相当でない理由」の妥当性については法律的に問題となるわけではなく、理由が記載されていない、理由が虚偽であるといったことでもないかぎりは、市場における評価の問題(つまり法的には問題とはならない)として捉えられています。どの程度「情報獲得コスト」がかかるのかは、社内の人間でないと理解できないところもありますので、こういった「社外取締役をおくことが相当ではない」理由も十分に考えられるところではないかと思います。

ただこういった理由を記載することについては(法的に正しい、正しくないという問題ではなく)「あまり評価できない」という意見は出てくるかもしれません。まず機関投資家が多い企業の場合、資金調達コストが高くなることが考えられます。先日もHP(ヒューレットパッカード)社が上場子会社買収にあたって、その会計不正に気付かなかったため、80億ドル以上もの損失を計上せざるをえなくなった事件がありましたが、機関投資家や運用会社は上場会社のガバナンスにとても強い関心を寄せています。このような状況のなかで、社外取締役を導入しない企業については、やはり企業価値向上よりも経営者監督機能において懐疑的な目を向けられることになると思います。ひとりでも社外取締役を導入すれば資金調達コストが下がる、というのであれば、むしろ導入したほうが全体のコストとしても下がるのではないか、との疑問が湧くところです。たとえ社外取締役が「一身上の都合」で辞任したとしても、市場ではそれなりのサインとして受け止められるわけです。ある意味、社外取締役の導入は保険的な意味合いがあると思います。

また、たとえ社内の事情に(社外取締役が)精通していなくても、コストに見合う働きはできるのではないでしょうか。たとえば意思決定の内容についてコメントできない場合でも、その意思決定の方向性についてモノは言えるのではないか、と思います。「利益が出ていない創業時代からの事業から撤退する」、「みんなが新規事業を成功させようと一丸となっているときに撤退基準について提案する」、「「日本一の技術者を擁する当社でも、原発事故は起こさない(起きない)、ではなく、事故は起きる(起こりうる)、というところからリスク管理をスタートさせる」、「ステークホルダーの利益が相反する重大な局面において、その優先順位(どちらを捨てるべきか)を決定する」といった場面において、果たして社内の取締役だけで十分な議論が尽くされるのでしょうか。

重要な経営判断であればあるほど、すべてのステークホルダーの利益を満足させることはできず、社長は最終決済者としてその利益に順番をつける必要があります。ときには情理に流されてしまいそうになる中で、「捨てるべきものを選択する」必要があります。これはたいへんストレスのたまる仕事です。その場における最良判断を模索することになるわけで、果たして社外からみて、その優先順位は正しいのかどうか、これを検討する機会を与えることも社外取締役の役割ではないかと(この優先順位において一般株主の利益を検討するのが独立役員たる社外取締役ではないかと)。きついストレスのたまる社長の経営判断を後押しするだけでもいいのではないでしょうか。ごくまれに「おかしい」と思える経営判断があったときは、堂々と意見を述べることができれば良いと思います。このような場合、「気づく」ことよりも「素人の考えを口に出す」勇気のほうが重要ではないかと思います。

また、経営学的見地からも、社外取締役の有用性は認められるのではないでしょうか。ドラッガー氏の代表的な著書のなかでも書かれています。

エグゼクティブが直面する問題は、満場一致で決められるものではない。相反する意見の衝突、異なる視点との対話、異なる判断の間の選択があって初めて、よく行いうる。したがって、決定において最も重要なことは、意見の不一致が存在しないときには決定を行うべきではないということである。(「経営者の条件」PFドラッガー 2006年 ダイヤモンド社 198頁)

そもそも日本企業の場合、社長の権限は絶大なわけですから、この社長の判断に資するものでなければ「企業価値向上のための社外取締役」は役に立たないのではないかと言うのがホンネのところです。社長のお仕事はいま儲かっている仕事に注力することと同時に、10年、20年先も事業が成長できるような礎を見据えることも必要です(だからこそ社長は孤独だと思うのです)。その10年、20年先を見据えた事業戦略に役立つのが「意思決定の方向性」をチェックする社外取締役の役割ではないでしょうか。

もちろん、そのような意見を口に出すためには、「ふさわしい社外役員」候補者がいなければならないことは当然であり、また就任後も社外役員に不断の努力が必要かと思います。最後は人間性の問題であり、就任した企業のことを好きになれるかどうか、ということに尽きるのかもしれません。今回の会社法改正の審議では、社外取締役がコーポレートガバナンスの向上のために、何を期待されているのか・・・というところで、推進派の方々がきちんと合意形成できなかったことに、反対派の方々に押し切られてしまった要因があるものと思います。いま「義務付け」が見送られた以上、今度は各企業ごとに「どうして当社では社外取締役が必要と考えているのか」というところを明確にして、具体的な選任理由を述べることが必要になってくるのでしょう。来年以降、おそらく社外取締役がじわじわと増えていくと思いますが、あるところからは一気に各企業とも導入に動く、というのが私の予想です。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年11月28日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。