需要と供給の単純二分法は誤り

2012年11月29日 12:27

デフレ・ギャップ(需要不足)が存在するときに生産性の改善を図ると、供給能力が増大するので、さらにデフレ・ギャップが拡大することになる(だから、生産性の向上につながるようなことはすべきでない)というようなことを言う人がいる。そして、こうした主張をもっともらしく受け止めてしまう人達も、意外に少なくないようである。数年前に、私自身も当時政府の要職にあった政治家から、「労働生産性の引き上げを図ると、かえって失業が増えてしまうのではないですか」という質問を受けたことがある。


上記のような議論では、「需要」と「供給」を完全に別々のものとしてとらえていて、供給(能力)が変化しても、需要は一定のままで変わらないと(暗黙に)想定されている。しかし、そうした想定は正しくない。

大学の経済学部に入学すると、一番最初の頃に「国民所得の三面等価」という話を習うことになる。売り上げから経費を引いたものが人々の収入になり、収入が増えれば、支出も増える。支出が増えれば、誰かの売り上げが増えることになる。したがって、経済全体でみれば「(中間生産物を控除した最終)生産額=所得額=支出額」という関係が成り立つはずだというのが、三面等価という意味である。

経済統計上、三面等価が成り立つのは、売れ残りを「意図せざる在庫投資」に含めたり、可処分所得のうちで「消費しなかった部分」を「貯蓄」と定義したりするといった調整項目を設けているからである。換言すると、「供給はそれ自身の需要を創造する」というセイの法則が常に成立するといったことはない。しかし、何らかの財やサービスを売って(供給して)稼いだ金で、他の財やサービスを買う(需要する)のであるから、経済全体でみた総供給と総需要が全く独立のものでないことは確かである。

特定の財あるいはサービスに着目して考えている場合には、それに対する需要と供給は、それぞれ独立なものだとみなせる(部分均衡分析)。しかし、経済全体についても、そうだと考えるのは間違っている(経済学を学んだことがないと、こうした間違いをしがちである)。供給能力の改善のされ方次第によっては、需要の方もそれに伴って増加することになる。そうした場合には、デフレ・ギャップが悪化することはなく、むしろ改善することになると期待される。

「宵越しの金」を持たない(というよりも、持てない)人達の場合には、そのときの可処分所得(可処分所得というのは、実際に使える手取りの収入といった意味)の大きさが、そのときの支出の大きさを決める。ちなみに、こうした状態にあることを、経済学では「流動性制約の下にある」という。しかし、流動性制約の下にない人達の場合には、「恒常所得(permanent income)」の大きさが支出水準を規定すると考えられる。

ここでいう恒常所得というのは、現在から将来にかけて得られると予想される可処分所得の平均値といったものである。そして、恒常所得の水準が高いほど、あるいは予想される恒常所得の分散が小さいほど、現在の支出額は大きくなるといえる。要するに、足下の手取り収入が同じ額でも、明日以降、所得が増えていくと期待されているときと、逆に下がると予想されているときとでは、支出額が異なってくる。もちろん、前者の場合の方が後者の場合よりも大きくなる。

また、恒常所得の期待値は同じでも、その予想される値の分散(ばらつき)が大きいときには、支出は抑制されることになる。これは、将来の不確実性が大きいと、不安だから、それに備えて節約するようになるという話である。

したがって、デフレ・ギャップの解消に向けては、恒常所得の期待水準を引き上げる、あるいは(同時に)予想される恒常所得の値のばらつきが小さくなるような対応をとることが肝要だということになる。後者との関連では、「政策の不確実性」こそが景気回復の障害という記事で述べたように、「財政と社会保障制度の持続可能な姿を示す」ということにつながる抜本的な取り組みが不可欠である。

他方、恒常所得の期待水準を引き上げるという面では、まさに労働生産性の改善を実現していくことが最重点課題である。恒常所得の期待水準の上昇は、成長期待が高まらなければ起こりようがない。労働人口が減少していく中で、労働生産性が伸びないということになれば、将来得られるであろう所得も伸びないと予想されるしかない。

もちろん、すでに需要増加が見込めないような種類の財の生産の分野において、労働生産性が上昇すると、雇用者数は減少することになる。したがって、労働生産性改善の取り組みは、供給構造が潜在的な需要構造(ニーズ)とより適合的なものとなるように、労働力の再配分(reallocation)を図ることと並行して進めていかなければならない。こういうことのために、労働市場改革とかが必要とされているのである。以上の意味で、こうした改革はデフレ対策と全く矛盾するものでない。

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池尾 和人@kazikeo

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