大学生はいつでも大企業を目指すべきだった(が入れるのは別の話)

2012年12月11日 19:58

松本孝行さんの今こそ学生は大企業を目指すべきだには概ね共感する。私自身も大企業に勤めていた経験もあり、給与や研鑽の面で、そのメリットは今なお大きい。ただし、海老原嗣生さんのお話をミスリードしている気がするので、一石を投じたいと思う。

たとえば、池田信夫氏や城繁幸氏は新卒一括採用を否定気味にとらえているし、海老原氏は肯定的にとらえている。この点からいっても、海老原氏は既存の就活に意義を見出している。

ただし、である。アメリカでは就業者の2億人のうち、1%のエリートがいて、その他一般の人は格差社会の底で喘いでいる。日本の就職構造は、この1%にあたる人と同じ行動を全大学生に取らせようとしているということが問題なのだ。すごいパワフルな1%に終身雇用で全員が合わせなくてはいけないというデメリットのことである。


アメリカで超優良企業に入るのはひじょうにむつかしい。そのなかに超エリートとして取られるのはリーダーシッププログラム(LP)にひっかかるかどうかできまる。ハーバードなんかをいい成績で出ていないとひっかからない。学校学部指定なんて当たり前。日本だと大騒ぎになったこともあるのに。日本だけ新卒一括採用という奇妙な採用方法を取っている。入り口でエリート層とノンエリート層をわけているのだ。日本でも、官公庁はこれといっしょだ。そこに入るには東大、京大。たまに早慶。公務員試験をいちばんでとおってきた人が出世する。イギリスもフランスもいっしょである。超有名大学をトップクラスで出た人しか採用されない。

つまり、LPは日本の新卒一括採用と似ている。それもゼネラリストになる。しかしそれは社会の上澄みの0.1%にも満たないだろう。

多くの大学生は、東大や京大や一ツ橋を出ているのだろうか。しかもその中でトップクラスの成績でいるのか。つまり、日本は上澄みはたしかに少ないかもしれないが、中間層が生きやすい会社社会になっている。海老原氏の問題意識は、こんなに中間層が生きやすい社会がこれからも持つのか、ということだろう。

大学出て入っただけで全員幹部候補生なんて、こんなおいしい社会は日本だけだろう。今ですら厳しい厳しいという大学生はまだまだ序の口だということだろう。日本は否が応でも世界標準に近づく。

アメリカ上がLP、職務限定、地域限定である。日本は異常で、入ったら幹部候補生である。こんなことをやっているからポストがたりなくなるのだ。課長なんて課に10人いれば、10人に一人いればいいのに、全員課長にする。部下なし課長が出来上がる。これがまちがっているのは明らかだろう(現在は相当是正されている)。若い人ならば課長になれないとショックを受けるだろうが、世界ならば、なれるのはエリート層だけだ。入ったらみんな課長になれるなどという天国のような仕組みをもっているから日本企業はダメなのである。

また、従業員5000名の企業を超大企業とすると、日本では1000社に満たない(1000社でも大学生なら知らない会社のほうがはるかに多いだろう)。この募集は、せいぜい20000人弱。大卒で就活する人は45万人。旧帝大、早慶上智といった大学を毎年卒業するだけで、44000人。この生ぬるい日本ですら大企業を目指すだけことは、なかなか険しいのではないかと思うのは、価値観の問題か。ほとんどの大学生が当初は聞いたこともなかった会社に入っていくのだ。

日本は間違いなく欧米型の雇用形態に向かっていくだろう。そういったときの心構えが学生やわれわれにできているのかということを、海老原氏は説いてくれているのだと思う。

赤沢 良太

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