激論! どんな政権が日本経済を救えるのか(その2)

アゴラ編集部

※(その1より続く)

池田 では(日銀の低金利アナウンスなど)時間軸政策のようなインフレ予想に働きかける方法についてはどうか。

池尾 (時間軸政策の強化で長期金利を引き下げることに関係して)現在、0.7%まで下がってきている国債の金利をさらに引き下げることで本当に景気が良くなるのか、という論点がある。銀行の貸出金利が、国債の利回りに引きずられて下がっている。銀行の調達金利はずいぶん前から実際上ゼロなのでもう下がりようがない。それで結局、銀行がお金を貸し出すときの利ざやも下がってきていて銀行の経営を圧迫している。利ざやが下がってきて、貸し倒れなどの信用コストをまかなえないくらいにまでなっている。貸出金利が下がることで景気を刺激するという経済効果はないとは言えないが、利ざやの低下から銀行の貸し出し姿勢が抑制されるマイナスの効果も無視できない。


池田 インフレなどの予想に働きかける政策もあり得るし理論的にも多少の効果がある。また、ヘリコプターからお金をバラ撒くような政策も無駄ではないが狭い意味での金融政策ではない、というのがお二人の意見であり、池尾さんはバラ撒きを「金融政策」呼ぶな、山崎さんは名前より効果のほうが重要だろう、という意見だろう。

山崎 たとえば消費税についても、マイルドなインフレのためには増税を見送って世の中にお金をまわす、という選択肢もある。そもそも経済の問題は、物価上昇率であり成長率である。(物価も上昇せず成長率も鈍化している中で)増税するのは財政政策としてはおかしい。仮に2%の物価上昇率を目標するならば、狭い意味での金融緩和もやり、財政的な措置もやり、それでも目標に達しないならば、たとえば消費税増税の見送りをすることも考えなければならないだろうし、ヘリコプター・マネーと呼ぶと抵抗感があるが、減税をするとか負の所得税を導入したり給付金を配る、といった政策も選択できる。その意味では、狭い意味での金融政策を越えて、金融緩和をサポートするために財政的な手段をすべきだ。ただ、リスク資産を日銀が買う、というような手段を採ると、インフレにするという目標のためにはいいのかもしれないが、日銀が企業の大株主になるようなことも起きかねない。その選択肢のプライオリティは個人的には低い。ベーシックインカムなどの手段を講じることのほうが、インフレへ誘導するための政策としてはいい。

池尾 山崎さんは資源配分をゆがめないために、無駄な公共投資よりも減税のほうがいい、とおっしゃっている。そもそも私自身は財政赤字を拡大するような政策には反対だが、もし仮に財政赤字を増やしてインフレを引き起こしたいならば、無駄な公共支出をしなければ効果的ではないだろう。給付金などのかたちでお金をバラ撒いても、その大半が貯蓄へ回ってしまう可能性が高い。財政赤字が拡大していくならば、将来の増税に対する不安がたかまるので、当然に家計は防御的な対応をとることになる。だから、需給ギャップを縮めて物価を上げたいならば、資源配分はゆがめるけれど公共事業のほうが効果的だろう。

池田 安倍総裁は公共事業をやろう、という政策を採っているが。

山崎 私自身はそこが心配だ。しかし、政治家も官僚も本音の部分では公共事業にお金を使いたいんだと思う。だから(自民党が政権を獲ったら)2%というインフレ目標を設定しつつ、公共投資をやるだろう。だが、私はその政策には反対だ。

池田 これまでインフレ目標を掲げて日銀がやってきた施策は、それほど効果がなかった。むしろ政府がお金を出し、実際のGDPと潜在的なGDPとの間(供給と需要との間)に3.1%くらいあるGDPギャップ(需給ギャップ)を埋め(需要を喚起して供給より需要を上回せ)るほうが、インフレを引き起こすためには効果がある、ということでお二人の意見は一致しているのか。

池尾 それはそうだが、民間がその政策に対応して過度な防御(すなわち、支出の抑制)に動かなければ、ということが前提だ。

池田 このギャップを埋めるために、たとえば公共事業をやればいい、という意見がある。自民党は、10年間で200兆円、1年で20兆円の公共事業をやる、と言っている。理想的にこのお金がバラ撒かれればギャップが埋まるだろう。ではいったい、この政策は望ましいのだろうか。

山崎 (財政赤字を増やしてインフレを引き起こすために公共事業をやる場合)財政赤字の残高が大きいときの弊害としては、実質的な長期金利が上がって投資がしにくくなり、国債が消化しにくくなる。また、インフレになって通貨が安くなり、国民の購買力が減退する。ところが、実際には長期金利は低いし、デフレでもあり、さらに円高状態が続いている。こうした症状からみれば、財政赤字の残高が大きいとはけっして言えない。

池尾 確かに、これだけの財政赤字があるのにもかかわらず、国債利回りも安定した低位で推移している。というよりも、問題が起きていないのは、長期金利が非常に低いままだからだ。しかし、それは、今日まで金利が低い状態が続き、国債を買った人が「お金を返してくれ」と今日まで言ってこなかっただけのことだ。明日以降も同様の状態が続くことを保証するものではない。もしかすると、明日、金利が上がり、国債が売られるかもしれない。山崎さんがおっしゃっているのは「限界を試しながら進んでいく」ようなものであり、私自身は「限界を試す」ようなことはしない方がよいと考えている。

山崎 それは「限界を試す」というより「程度を探る」というようなことだろうと思う。たとえば、財政支出で100兆円は多いかもしれないが、1兆円では少な過ぎるだろう。だが、その間に「ほど良い加減」の金額が必ずある。

池田 では(物価上昇率をコントロールするために)ゆっくりインフレが起きてくれば、2%になったところで引き締めればいい、という意見があるが。

池尾 「程度を探る」にしても、それが連続的に起きていくものなのか、それとも「臨界点」のようなものがあって、不連続に起きるものなのか、という問題がある。私自身は、消費者物価、より一般的に財・サービスの価格というものはそんなに不連続に推移するものではない、と考えている。もちろん、消費者物価指数というのは(景気の動きに遅れてついて行く)遅行指標なので、2%や3%で止めようとしても4%や5%になってしまうことがあるだろう。だが、インフレ率がドラスティックに変移することはなく、いきなりハイパーインフレにジャンプするようなこともあり得ないと思っている。しかしながら、資産価格はいくらでもジャンプするので、長期金利が大きく変動することはあり得る。それゆえ、国債があるとき大暴落するようなことは起きないとしても、資産価格がある程度不連続に変移するリスクは考慮しておかなければならないだろう。

山崎 長期金利について言えば、日銀がどうしてもインフレ誘導政策に及び腰なのは、国債の金利が上がれば市中銀行の経営をかなり圧迫する、というのが理由なのではないか、という話もある。しかし、銀行の(収支決算の)ために長期金利を変動させられない、というのは本末転倒だ。

池田 日銀は短期金利をある程度はコントロールできるが、まがりなりにも金利がついている国債(10年もので0.7%の金利)などのリスク資産の長期金利を低く維持するためには日銀は国債を買い続けなければならない。だが、池尾さんは、市場があるとき日本国債から手を引き始めれば、国債の価格が下がり国債の金利が上がるようなドラスティックで不連続な変化が起きる、と懸念している。

山崎 インフレ率がほぼゼロであるなら、国債の金利だけがハネ上がったとしても、銀行や生保が国債を買うだろうから、その状態が継続的に維持されることはないだろう。

池田 しかし、金利や物価は(賭けのようなことをして果たして)コントロールできるのだろうか。

山崎 確かにマーケットは予想がつかない。だが、財政赤字はかなりの額あり、物価も望ましくない状態にある。財政政策と金融政策で少しは望ましい物価の状態へ持って行くように舵を切ったらどうだろうか、という話だ。

池田 ただ、可能性として長期金利が暴騰して国債が暴落するようなリスクがある政策を果たしてとるべきなのかどうか。

池尾 GDPギャップが仮に10兆円なり20兆円あった場合、それを財政赤字で埋め続けるということなのか。

山崎 ある程度、埋めていき、インフレ率が目標に到達したら引き締めに転じる、ということだ。

池尾 財政赤字の拡大という財政政策でインフレを引き起こすとしたとき、そうした政策は、単に一回限りやればすむものではない。基本の経済構造が変わっていない限り、財政支出を止めれば、また元に戻ってしまうからだ。そうなると、財政収支に対する長期的な見通しが変わってしまう可能性もあり、その影響で長期金利が変動するリスクも生じる。実体経済が良くならないのに長期金利だけが大きく上がれば、それは問題だろう。ただし、一般の銀行に関して言えば、金利が上がらないから困っているのが現状で、インフレ率の上昇と連動して長期金利が上がるぶんには、実はそう困ることにはならないのではないかと私は考えている。。

※(その3に続く)