激論! どんな政権が日本経済を救えるのか(その3)

2012年12月12日 10:58

その2より続く)

池田 やはりこの問題は、すでに限界がある金融政策よりも財政政策、ということになる。では、自民党が言うように10年間で200兆円の公共事業をバラ撒く、くらいしか(インフレを引き起こす)方法はないのか。

池尾 しかしそれを実行すれば、日本政府は財政再建を放棄した、というアナウンスになる。そして、やはり長期的な財政の見通しそのものが変わってしまうことが最も大きな懸念となる。

山崎 日本の国債の残高や財政赤字が膨大なのにもかかわらず、どうして長期金利はひじょうに低いし、物価も低いままなのか。あえていえば、政府の債務(国債)に対しての信任が過剰、と考えることができる。その政府が発行する通貨価値に対する信任は、予想インフレ率の逆だ。これは、果たして国債の供給量が過大なのか過小なのか、という問題にもつながる。これは米国の債券市場や国債と比べても、日本の国債の供給量は必ずしも過大とは言い切れない。運用対象があまりにも国債に偏り過ぎるということは別にして、政府の債務、国債の供給が危機的な量だ、という認識になっていないのではないか。


池田 インフレを起こすためには広い意味での財政政策へ踏み出すしかないのではないか、という意見はお二人で一致している。そのためには財政赤字を拡大する政策を採らざるを得ない。ここが最も大きな論点になる。では、そのリスクと利益のどちらがより大きいのか。

池尾 戦後しばらくは、日本は(借金を増やさない)均衡財政主義でやってきた。どうしてかというと、(その考えが正しいかどうかは別にして)戦時中の国債乱発の結果、敗戦直後にハイパーインフレになった、と考えたからだ。だが、高度成長が終わり、民間の投資が減退したが貯蓄は減らない、という状況で投資と貯蓄のギャップを埋めるために国債を出さざるを得なくなった。その後、財政赤字が恒常化してくると、今度は、これ自体が経済成長率を押し下げる要因になってしまった可能性がある。期待成長率が上がらないので、企業は設備投資をする必要がない。すると(投資に使われない)貯蓄が潤沢にある状況になり、その結果、国債の消化だけは順調に行われるようになった。そういう意味で、山崎さんが言われたように、国債は供給量を問題なく消化できている。こうした国債の発行自体が需要を生むような循環は、望ましくはないが安定した均衡状態なのは確かだ。だが、この均衡状態こそが低成長やデフレの原因になっている。だから、低成長やデフレ状態から脱却するときには、今の安定した均衡状態も同時に崩れる、という可能性を同時に想定すべきだろう。

山崎 低成長でデフレだからこそ、こんなに低利の国債であっても需要がある。だが、成長率やインフレ率が高まることで、(国債に向かわない)新たな資金需要が生まれるだろう。インフレ目標を2%に設定するために、金融政策と財政政策をうまく組み合わせていく方法は、やってもおかしくないのではないか。

池尾 先ほど池田さんも「賭け」とおっしゃっていたが、勝つ可能性だけが高ければやってもいいと思う。勝つ可能性がないわけではない。現在、40何兆円も新規国債を発行しているが、さらに20兆円上乗せして年間60兆円ずつくらい出しても国債市場が持ちこたえる可能性は少なくないかもしれない。確かに、赤字財政を拡大することで、今の日本が陥っているような低位な均衡状態を打破し、また別の均衡状態へ移行する、という方法はある。しかし、それほど勝てる確率の高い「賭け」だと私自身は思えない。たとえば、安倍総裁は「大胆に」という言葉を使ってこの政策を説明するが、リスクがなければ、こうした言葉を使うこと自体がそもそもおかしいことになる。だから、伴う恐れのあるリスクをどう評価するか、ということになる。ここで考えられるリスクは、起こる確率は低いけれど、もしもいったん起きてしまえば損失は膨大になる、といういわゆる「テールリスク」(低頻度・高損失型のリスク)のようなものなのではないか。

池田 この(インフレを引き起こすために財政赤字を拡大する政策の)リスクをどう評価するかだが、山崎さんは「ここまで平穏無事にやってきているのだから極端なことは起きない」という意見だ。一方、池尾さんは、原発の事故やリーマン・ショックのように「めったに起きないけれど起きたら大変なことになる」リスク、つまり「テールリスク」だと言う。この問題は果たして「テールリスク」なのかどうか、という議論になるだろう。

山崎 「テールリスク」として考えられるのは、たとえば資産価格がバブル状態にあるとき、金融緩和や財政の拡張などの政策を採れば大きなリスクを内在するだろう。しかし、現状の株価や不動産価格をみれば、少なくとも今の日本の株価や不動産はバブル状態にはない。

池尾 80年代末からのバブル経済にしても需要があったから株価が上がった。それをバブルと言うかどうかだが、今日までが大丈夫だったからといって明日はどうなるかは誰にもわからない。

山崎 国債にしても制度を変えて空売りと組み合わせれば、国債の暴落を仕組むことも可能と言えば可能だ。ただ、それで1%、2%程度、利回りを変えることができたとしても、それを継続的に続けられるかと言えば難しい。

池田 相場観でいえば、今の日本の国債がバブル状態だ、と言う人もいる。この国債バブルの崩壊は、長い目でみれば10年以内に起きる、ということだ。

山崎 国、なんていうものは日本に限らず、信用できない存在であり、5年10年というスパンは金融市場で言えば、ひじょうに遠い未来になる。そんな将来に対して「国債は絶対に大丈夫だ」と言える人はいないだろう。ただ、今の状態に限って言えば、今の状態に望ましい政策を採るべきだ、とは思う。

池田 議論を制度論に変える。今の日銀は独立性が強過ぎる、という意見がある。山崎さんも同じ意見だろう。

山崎 今ここに至ってだが、そう考えている。ただ、もし仮に安倍総裁の自民党が政権を獲ったなら、日銀も気を利かせて政府と歩調を合わせ、インフレ目標を2%にする、というような曖昧なことになるだろう。しかし、そうした「大人の理解」より、もっとしっかりと政府が日銀に対し、たとえばインフレ目標は何%だと政策を与えるように、しっかりと縛りを効かせるようになることが望ましい、と今の時点では考えている。

池尾 技術論には踏み込みたくないが、たとえば、日銀が準備預金に払っている利子を撤廃するといった打つ手がまだあるのに、それをやっていない日銀は不徹底だ、といった話があった。だが、それは金融調整の実際を理解しないがゆえの間違った見方だ、と私自身は思っている。そうした不十分な理解に基づいて日銀の行動を低く評価し、もっと仕事をやらせるために締め付けるべきだ、というのは本末転倒ではないか。日本の中央銀行としての日銀とその職員は、使命感をもってほぼ最善の仕事をしている。日銀法という法律で今でも日銀の目的は縛られている。ただ、その法律に規定されている目標自体は抽象的なのは事実だ。しかしだからといって、具体的な数値目標を設定して日銀の外から指示することが、どれだけ事態の改善につながるのか、私自身ははなはだ疑問だ。このときの重要なポイントは、指示する側の責任や体制をどうするのかだ。指示する側の責任やしっかりした体制が整わないまま、そのときどきの政権の都合だけで日銀に数値目標などが指示されるようなことになれば、現状より事態が改善することになるとは到底思えない。

池田 インフレ目標を設定すればインフレになるわけではない。それと実現することは別だ。単に目標を設定するだけでなく、それを実現させるための強い担保なり保障なり責任がないといけない。日銀も「1%の目処」というインフレ目標は設定している。その結果、効果がなかったわけではないが、実際には1%も達成できていない。問題は目標の設定ではなく、それを達成できなかったときの責任の所在がはっきりしていないことだろう。

山崎 ペナルティも問題だが、期限を切らない目標設定にどんな意味があるのか、ということも問題だろう。これまで日銀が行ってきた施策、たとえばゼロ金利政策の解除が早過ぎたんじゃないか、とか、インフレ目標にしても1%のアナウンスが遅すぎたんじゃないか、とか、あれは1%ではなく2%のほうがいいのではないか、といった施策に対して批判があるのも確かだ。こうした施策を日銀の自由裁量にまかせるのではなく、実現性を勘案した上である程度、政府の責任で指示するほうがいいだろう。このことを言えば、もちろん財務省にも責任がある。だから、政府が責任をもって日銀も財務省もコントロールできるような制度、仕組みを作るべきだろう。一つの組織のマネージャーなのだから日銀総裁といえど、間違った施策をしたなら国会なら国会の場などで追求し、人事的な制裁を課すことも考えるべきだ。

池尾 日銀へ指示する側に責任をもった体制を作れるのか、そして、仮に日銀総裁のパフォーマンス(成果)が非常に悪かったとしたときに、(再任を認めないということにとどまらず)任期の途中での解任を認めるのかどうか、という問題がある。結果責任として途中解任を認めるか認めないか、というのは日銀の独立性を考えるときに大きな論点になる。さらに言えば、現在の金融政策は「合議制」で決められていることも考えなければならない。日本では「金融政策決定会合」というものが開催され、そこで金融政策が決められる。日銀総裁はこの会合の議長だが、同じ一票を持った審議委員と同格のメンバーの一人に過ぎない。だから、日銀総裁が反対した政策が採択されることもあり得る。こうしたときでも金融政策の過誤についての責任は総裁にあるのか、ということだ。

池田 日銀がインフレ目標を仮に2%に設定し、実現できなかった場合にペナルティを課せられる、ということになれば、日銀がなりふり構わずリスク資産を買い漁るようなことをすればインフレを引き起こすこと自体は可能だろう。しかし、そんな政策が果たしていいのかどうか。

池尾 もちろん、そんなことをしてはいけない。財政政策である以上、日銀の判断だけでやってはいけない。日本は財政民主主義の国のはずで、財政政策は国会で決められるべきことだ。

山崎 日銀と政策と財政政策を含め、政府と国会が責任をもって決めるべきだ。

池田 (金融政策や財政政策を含めた)経済政策の責任は、政府の責任、あるいは国会にある。だから、総理大臣が責任をもって日銀に政策を指示する、というのはあり得るだろう。

池尾 いうなれば、日銀は政府の子会社であり、親会社のトップは総理大臣だ。本来なら親会社の社長に責任のある施策をやるとき、子会社の社長に責任を押しつけるようなことはやめたほうがいい。

山崎 しかし、子会社の社長にまったく責任がない、というのはおかしい。

池田 狭い意味での金融政策を越えて財政政策に踏み出すような広い意味での政策については、親会社のトップ、総理大臣が責任を負うべきだろう。

池尾 リスクがあるのだから、もし仮に失敗したとき、最終的に責任を負うのは誰なのか、ということだ。日銀総裁ではなく、それはやはり内閣総理大臣であるべきだ。

山崎 (インフレ率など)目標を与えるのは政府、総理大臣、というフレームワークでいいということだ。

池田 狭い意味での金融政策については日銀総裁が責任を負うべきだが、そこから財政政策まで踏み出した政策、たとえば2%なら2%のインフレ目標を設定して、その実現のために政策を実行することの責任は総理大臣が負う、ということだ。

山崎 もちろん、インフレ率が1%にも達していないとき、政策金利を上げ始め、結果として目標を達成できなかったというような事態が起きれば、それは日銀と日銀総裁の責任だ。そうした縛りは作っておくべきだろう。

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