敦賀原発、廃炉を早まるな --原子力規制委員会の危うい「やる気」を批判する

2012年12月13日 09:57
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日本原電 敦賀原子力発電所(Wikipediaより)

数名の決定で企業を倒産させていいのか

原子力規制委員会は10日、日本原子力発電・敦賀発電所の2号機の直下に「活断層がある可能性が高い」と活断層の評価会合で結論を出した。

活断層は地震の形跡のある地層で、法律上、その上の原子炉の設置は認められていない。しかし早急な判断をしていいのだろうか。


問題は二つある。法律の単純な適用は社会に悪影響が大きすぎる。また危険な活断層ではないと、日本原電は訴えており、国に質問状を送った。(日本原電質問書

これは原発の賛成、反対の問題ととらえるべきではない。行政が適正な活動をしているかどうかの問題である。

突然の廃炉コストはあまりにも巨額だ。日本原電は1970年に稼動の敦賀1号機、また地元に再稼動反対の意見がある東海村第2号機、87年稼動の敦賀2号機の3基の原発を持つが、いずれも停止している。仮に3つとも廃炉になれば、経産省資料によると、日本原電の損失は2500億円。1600億円の純資産を上回り、同社は債務超過・倒産となる可能性が高い。

安全をめぐる規制の事後適用(バック・フィット)は状況に応じて認められるべきだろう。しかし、それは得られる安全とその適用の間に均衡がなければならない。その釣り合いがあるとは思えない。

私は地質学の知見はないが、同委員会がおかしいとする活断層は10万年に1度の地震の可能性がある断層のことだ。原発の寿命は数十年。そして日本原電は数千億円単位の負債をかかえ倒産しかねない。起こるかどうかも分からない地震と、今そこにある企業の倒産のコストは同一視できない。

仮に日本原電が経営破綻したら、電力会社全体の経営不安、危機的な状況の続く西日本の電力供給の永続化、従業員の生活や地元経済への悪影響などをもたらすであろう。 もし廃炉するとなったら企業と電力業界の行政訴訟は当然であろうし、認可を下ろした国、そして国民の負担となる。

拙速な決定をなぜ今?

委員会の決定の拙速ぶりも目立つ。5人のメンバーで、2日の調査と2時間の審議で、リスクを正確に評価できるのだろうか。

日本原電の詳細な質問書によれば、問題の断層について次の2つの意見を出している。破砕帯と呼ばれる調査で発見された断層の活動性評価については、原子炉の位置する地層に過去に影響を与えた形跡はないそうだ。さらに活断層として同社が認めている近隣の浦底断層と、この破砕帯は過去に同時活動していないし、将来も同時に活動しないとシミュレーションしているという。

一方で、報道や公表の文書を見る限り、規制委員会は同社の疑問に答えず、観察した地層の形状から近隣の断層とつながっていると判断し、活断層と認定した。

日本原電は、来年1月末の最終報告を目指して破砕帯の精査中である。その知見もないのに、原子力規制委員会は同社に弁明の機会も与えようとしていない。そもそも、国の命令で廃炉にするための法律はなく、行政手続きさえ決まっていない。そして規制委員会は来年をめどに規制の基準を作成中である。こうした動きを待ってからでも遅くない。なぜ慎重に判断をしないのだろうか。

「『規制の虜』という言葉の虜」になっているのか

おりしも、10日は衆院選の最中で、原発は選挙戦の重要な争点に(する必要はないが)なっている。目立ちたいとしか思えない。最低でも弁明の機会を与え、第三者の評価、利害関係のない外国などの評価者を加え、また他の得失を考えた上で決断をしなければならないだろう。そもそも法律がおかしいという議論さえ成り立つはずだ。

原子力規制委員会、その下の原子力規制庁の事実上の前身である原子力安全・保安院は過去、適切な規制を行えず、福島原発事故の原因になった。そして同委員会は立ち上がりの時に委員長人事で反原発派の主張で委員長以下の国会同意が得られなかった。そして規制委員会は初仕事の放射性物質の拡散予測で間違いを繰り返し、自治体や住民を混乱させた。

国会事故調は、規制される当局が規制者より能力が劣り、その規制者に規制を委ねる「規制の虜(とりこ)」と、経産省と原子力安全・保安院、その他官庁を批判した。また関係者によれば、日本の行政にありがちだが書類審査などの形式に流れ、事業者と共に安全な原発を作ろうという意識が欠けていたとの批判もある。(北村俊郎氏『新しい規制組織のあり方–原子力事業に内包した「形式主義」からの脱却を』)

「もしかしたら『規制の虜』という言葉の虜になっているのかもしれません。焦っているようです」。あるエネルギー業界関係者が、今の規制委員会の前のめりの動きに感想を述べていた。批判を怖れて過剰に反応しているのかもしれない。私も危うさを感じる。国民の喝采、何か業績を上げなければならないという焦りが、この拙速な判断の後ろにあるなら、すぐさまそれをなくしてもらいたいものだ。

国による「企業抹殺」は許してはならない

原子力規制委員会は、昨年の福島原発事故の反省に立って独立性を強めて今秋発足した。しかし、その独立性は国民の利益に奉仕すべきもので、独善や誤りを内容とするものではない。そして原発を止めるために存在するのではなく、安全に運用するための組織である。そもそも「原発ゼロ」は現時点で国の政策ではない。「脱原発依存を30年代までに行う」目標があるにすぎない。安全に原子力を活用して、日本経済と国民生活に役立てることこそ、委員会の役割である。

早急な脱原発を国民が望んでいるのかさえ疑問だ。脱原発を何も内容なく唱える政党の支持が伸びていない。国民の大半は原子力に懐疑を抱きつつも、原発をつぶし、日本経済の破壊することには拒絶反応を示している。

既に日本は、エネルギーと原発についておかしな状況に陥っている。菅首相の超法規的規制が繰り返され、今の原発は法的根拠がないのに停止状態に陥っている。代替の燃料費の増加額は年3兆円。東日本大震災以来、結果として破滅的な震災は起こっていないのに、国富がアラブ諸国に流れた。安心の対価としては、ばかばかしいほど高額だ。

もし、あやふやで稚拙な法的、科学的根拠で企業が倒産するなら、これは国の横暴である。日本原電個社、電力業界だけの問題ではなく、全国民の問題である。政府のいいかげんな決定で財産権が脅かされる先例をつくるなら、どの企業、経済人にとっても「明日は我が身」の問題となろう。同じような国家の横暴が私たちに降り掛かることになりかねないのだ。

昨年から電力業界は不当な政治の横暴に苦しんできた。原発事故があったとはいえ、これは社会正義、そして自由な経済活動の観点から許されることではない。

「責任をどうする」と今こそ問うべきだ

私たち国民は、原子力規制委員会、そして判断を下した委員、原子力規制庁に次の質問の回答を求める権利があるだろう。

日本原電社員と関連会社従業員の生活、地域経済への悪影響の責任をどうするのか。

西日本の電力需給の危機をどうするのか。

あなた方の性急な判断が間違っているのに、数千億円の損害が生じたらどうなるのか。

認可を下した国の責任になり、その金額は国民が負担することになる。あなた方は個人で責任を取れるのか。

原子力規制委員会には、敦賀原発の活断層判断への再審査を求めたい。ゆっくり、確実性を高めた判断を行うべきだ。そして政治は、こうした時こそ、総合調整のために介入するべきだ。

そして原子力をめぐり、昨年から感情的に騒擾を起こし続けた人にも訴えたい。その声の大きさで政策担当者をもし「勘違い」させたなら、上記の私が問うた責任は道義的にそれらの人々も引き受けなければならない。私たち一人ひとりが静かに議論を見守り、冷静かつ科学的な対応を政府に求めるべきである。

石井孝明 経済・環境ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com

(編注)間違えた場所に投稿したため、自分の名前にして再度同一内容を投稿します。読者におかれては、混乱させ申し訳ございません。

(追記)原子力規制委員会から12日会見速記録が、公表された。
田中委員長の発言は以下の通り。

「会合では、再稼働に向けた安全審査は難しいという印象という個人的見解を述べさせてもらった。」
「全部打ち切りではないと理解している。今出ているデータで判断する限りはこうである、というもの」

曖昧であるが、現時点ではまだ状況は変る可能性がある。新聞報道は廃炉を決定とするものが多く、その方向に傾けるバイアスがかかっているように見える。

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