選挙で争いを終わらせ、経済再生を--「経済なき道徳は寝言である」二宮尊徳の逸話から

2012年12月16日 13:07

450px-Statue_of_Ninomiya_Sontoku感情に走り、争いを生んだ政治

このコラムを書いている16日午前、衆議院議員選挙と都知事選が行われている。現時点では、おそらく「経済を取り戻す」を、標語とした自民党が勝ち、政権の中心になるであろう。

どの党がなっても、経済の再生を最重要課題にしてほしい。国の介入を最小限にして、規制を取り払い、日本の経済人と企業を信用して、自由な経済活動を奨励するのだ。その担い手は国民一人ひとりであり、政治の存在は小さい方がよい。

(かつて日本のあらゆる小学校にあった勉強をする少年時代の二宮尊徳像(Wikipediaより))


もちろん民主党政権には評価すべきところもあったが、賢明な政治家が経済に介入すれば何とかなるという、社会主義的な幻想があったように思う。民主党の議員らはそれほど賢明でもなかったし、悪しき介入は日本経済を混乱させた。

特にこの3年、私の見てきたエネルギー・環境政策では政治主導による混乱のみが目立った。エネルギー政策では、福島原発事故という悲劇があり、これまでの政策に大きな問題があったことは確かだ。しかし、事故以来、憎悪とか敵味方の二分論で議論を分類し、相手を攻撃する感情的な行動が社会に広がった。恐ろしいことに、菅直人前首相など、民主党の政治家がその先頭に立ち、混乱を助長した。

経済政策、そしてエネルギー問題で、そうした混乱は今度の選挙を契機に最後として、冷静な議論を始めるべきではないか。

「利」で修羅場を極楽に変えた二宮尊徳の逸話

そんなことを考えながら『二宮翁夜話』(現代語訳 PHP研究所)を紐解いていると、今の日本を考える印象的なエピソードがたくさん盛り込まれていた。これは江戸時代の農政家の二宮尊徳(1787-1856)の逸話集だ。

「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」。この格言は彼の言葉と伝えられている。明治時代に作られた可能性があるが、彼なら言いそうだ。

二宮翁は農政の指導者として、関東で600を越える村を復興させた実務家だ。その秘訣は経済活動を重視し、人々に利益をもたらすことで、取り組みを持続可能にすることだった。「寝言」が政策から、企業活動まで横行する今の日本社会で参考になる話ばかりだ

この本に米を二百俵横領した名主(村長・徴税使)の話が出てくる。これを知った村人たちが激怒して「お上」に訴え出ることを決めたとき、二宮翁はこう諭した。

「二百俵の米は少なくないが、村人一人ひとりで割ればたいした額ではない。横領分が返済されても、ごくわずかだ。一方で横領の証拠はあるが、裁判に勝つのは容易ではない。たとえ勝ったとしても裁判費用は膨大で、合議にかかる時間を考えれば、あなたがた全体に大損だ。また名主を辞めさせても、次をつくるまで時間がかかる」

こうして村人を冷静にさせた。そして理屈だけではなく、身銭を切って、前向きで具体的な対策を示した。

「今後は横領できないように、村の帳簿を整備して、複数の人に管理させよう。名主はそのままとするが給料を半分に減らして、半分は村に差し出させよう。それから村の荒れ地を開墾して、用水を整備して皆の収入を増やそう。私が開墾費用と耕作費を皆さんに支払う。4年目から貸した金は返済してほしい。完済したら村の経済基盤にすればいい」。

村人は感謝して働いた。名主も感謝して5年間無給で働いた。そして村は豊かになった。二宮翁は「村の大難をわずかなお金で変えられた。修羅場に陥るところを、極楽浄土に引き止められた」と、成功した後で喜んだという。

「経済なき道徳は寝言」をわきまえた現場リーダーに期待

この「大人の知恵」に満ちた逸話は何を語りかけるだろうか。今のエネルギー問題にも、また私たちの身近な関係の中にも当てはまりそうで、私には「名主」は「東京電力」にも「霞ヶ関」にも見えた。現実の日本では、民衆の怒りに便乗した政治家が、リンチの先頭に立ってその名主を社会的に殺そうとしている。

公共の取り組みでは「憎しみ」や鳩山元首相が連呼した「思い」といった感情からは、何も産まれない。民主党政権や、その支持者の人々は(そうではないという弁明があるかもしれないが)嫉妬と憎しみを煽り、敵を見つけることに躍起になる人が多かったように思う。既得権益、官僚、財界を攻撃し、その行動の中には「儲かることは罪悪である」という危うい考えが垣間見えた。

それに加えて、自分の手で問題を解決するつもりのない評論家や、騒ぎの中で自分の利益を広げようとする「トリックスター」の横行も目立った。現場で問題に向き合う人を讃えるのではなく、良く現実を知らないこれらの人々が「正義」を語って物事を単純に断罪した。(私も一介の記者で「口舌の徒」で発言には責任が伴うということを忘れないようにしているが。)「正義の味方」の横行はあまりにも目立ちすぎた。

しかし、そうした姿は日本の一面である。日常をコツコツ変え、現実的な解決を示し続けた小さな、しかし偉大な現場のリーダー、二宮翁の逸話が今でも讃えられる。これは日本には現場の「小さな物語」を大切にする社会文化が今でも残ることを示しているのだろう。今回の選挙では「原発即時停止」「消費税反対」「TPP反対」という単純なスローガンを叫んだり、「日本経済かくあるべし」という空疎な「大きな物語」を唱えた候補者が、それほど相手にされなかったことも、その証明であろう。

選挙は終わり、政権も変る。経済政策面で、感情が先行し、合理性の失われた政策の続く状況は、これを契機に終わって正常化してほしいと願う。

そして政治ばかりに頼ってはいられない。経済の再生に必要なのは国の英雄ではなく、「経済なき道徳は寝言である」という現実をわきまえた、二宮翁のような現場の実務家であろう。

そうした小さな、しかし意義深い英雄は日本の至る所にいると私は確信している。

石井孝明 経済ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター @ishitakaaki 

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