国会議員の期数制限と冠婚葬祭出入り禁止を提言する

2012年12月18日 00:00

日本の政治を変える提言として、今回は期数制限と冠婚葬祭への出入り禁止を挙げたい。期数制限で政治人生の尻を切られた政治家は加速して働くようになる。新陳代謝も進み、経済基盤がしっかりした政治家が増える。

政治家の政治人生に制限をかけるのだから、その時間がさらに有効に活動できるようにすべきだ。そこで冠婚葬祭への出入り禁止だ。地元活動の制限で、政治家は政策に取り組む時間がさらに確保される。移動のコストや負担からも逃れられる。

 


これからの日本の政治がどういう舵取りをするかは、国民生活を確実に、そして大きく直撃してくる。ビルゲイツが「成功は最悪の教師だ」というように人間は失敗からしか学べないと思う。そういう意味で再チャレンジの安倍さんと復帰する前回苦杯をなめた議員たちには大いに期待する。

私もやっていたが、政治家が地元をこまめに回る地元活動って本当に政治家に必要なんだろうか?同じ選挙制度のイギリスでもあんなにやらない。幹部候補はほとんど運動しない。そもそも運動がいらない鉄板選挙区が与えられる。
こんな強烈な振り子現象を経験すれば、落選が怖い候補者はこのような地元活動をこれからずっと強烈に続けることになるだろう。

日本の課題に取り組むのが国会議員であり、議員に対処すべき課題はグローバルに複雑化してきている。誰もがスーパーマンではない。そろそろ選挙制度もそうだが、この地元活動というのを見直すべきではないだろうか?

あれをしたから勝てたと思っていいのだろうか?それを成功体験だと思ってしまうことはその政治家にとっても日本にとってもいいのだろうか?

地べたを這いつくばって当選した努力は素晴らしいが、それで本当にいいのだろうか?

批判したり、無視を決め込んでも何も変わらない。それどころか、更に悪い方向へ行ってしまう。今こそ有為な人材が思い切り活躍できる世界にしなければならないのだ。

■ 最初から馬車馬のように!

私が議員時代に異様に思ったのは、永年勤続表彰である。政治家の再就職の見事さを国費で表彰してどうするのか? 政治家は在職時間で評価されるべきではない。その功績を図るなら、国益への貢献を成果とすべきだ。ここに日本政治固有の問題がある。

私が、半世紀を超えて政権政党であった自民党の議員だった時代、議員の出世は年功序列の大企業サラリーマンと同じだった。1回生で国対で汗をかき、2回生で政務官になり、3回生で部会長や委員長になり、4回生で副大臣、5回生以上は党幹部や閣僚と。

これは小泉政権が女性や民間人の登用で多少ぶっ壊してくれたが、後の政権で少しネジは巻き戻った。

「最初から頑張ったって、出世は年功序列だ。最初から目立てば長老の反感を買って、出世に影響が出るよ。のんびりやりなさい」と先輩からよく注意されたものだ。

驚いたことに、民主党にも自民党並みの当選回数主義があった。当選回数でしか人事が評価できないとは、学歴だけで評価する昨今の就活並みだ。政界も財界も人材が育たないわけである。

任期を限れば、政治家の姿勢は大きく変化するだろう。ダラダラと政治家を続けることができず、最初から任期がわかることの意義は大きい。いくらいい後援会を親族から譲り受けても、自分で作り上げても、確実に10数年後には業界を去る。間違いなく当選直後から馬車馬のように働くようになる。自分の
テーマを持ち、早く法案や予算として実現できるよう取り組むだろう。逆説的に言えば、本気で政治家として国家のために働けば、10年以上身体も心も持たないと思う。

■ 結果を出せないなら交代だ!

20年経ってもライフワークが実現できない政治家が、30年経てばできるだろうか? 20年、30年経って「やり残したことがある」というのは誇ることではなく、恥ずべきことではなかろうか?

20年も、30年も議席を独占しながら、成果が出せない人材は民間ならお払い箱だ。優れた後継者を育てるのも政治家の重要な役割だ。20年、30年経っても実現できないなら、自分の意志を後進に道を譲って託せばいいではないか。

政治家歴の浅い政治家ばかりになって大丈夫かという危惧もあろう。しかし、これからの新しい時代の政治に、過去の政治経験が長いだけの人たちから学ぶべきものが、そうたくさんあるとは思えない。しかしながら、学ぶべきものがあるとしても、別にその人たちが引退していても、学べばいいだけのことだ。伝統芸能のような国会運営も国民目線で見直すべきだ。

政治家に最初から馬車馬のように働いてもらう環境をさらに整備することの方が重要だ。そのために、地元での冠婚葬祭への出席を禁止すべきだと思う。
政治家の活動時間の半分以上は地元活動だ。地元活動の負担を軽減することができれば、政治家人生が半分になっても、国家のために働ける時間は倍増するので、成果は十分出せるはずだ。働くといっても、自分の再選のための活動ではなく、国家のために働いてもらわないといけない。

■ 血税での再就活を禁止せよ!

政治家は忙しい。でもその大半は、今の大物議員でも、再選活動つまり就活
である。「私はいつも駅の前にいます!」というキャッチフレーズの議員がい
るが、われわれ国民は、この議員に常に駅前で会いたいだろうか? 目安箱代
わりに貴重な時間を費やし、就活をしてもらうために血税を払っているのでは
ない。

政治家本来の仕事は、国家を時代にあわせてデザインしていくこと。税制・
財政・法律・規制を作りかえることは、国民の代表である政治家にしか許され
ていない。しかし、そんなものはどこかにいってしまうくらい忙しいのだ。

かくいう私も、会社経営者から政界に入り、そのスケジュールのタイトさに
驚いた。はっきりいって、与党の忙しさはハンパではない。与党しか予算や法
律や規制にインパクトを与えられないからだ。 政治家になりたての頃の、大
先輩の言葉が忘れられない。

「田村君、俺は家内と俺で一週間に何件の冠婚葬祭に出ているか知っている
か?」と問われた。私は自分の経験から推し量り「一週間でしょ。20件です
か?」と答えた。その先輩は声を荒げ「何言ってんだ。80件だよ」。背広の裏
ポケットから「白いネクタイ」「黒いネクタイ」「手袋」「数珠」、はては
「ハサミ」まで手品師のように出てくるものを披露してくれた。

 大先輩議員は「これで緊急の冠婚葬祭にも対応できる」と胸を張る。しかし、
ハサミを持っている意味が理解できない。そこで「でも、ハサミは何のためで
すか?」と私が聞いてしまった。すると「これは呼ばれていないテープカット
に出るときだ。チョキで切るわけにはいかんだろう」と大声で笑いながら、驚
愕の返答をしてくれた。

「なりたての君には正直に教えてやるが、いつ選挙があるかわからん我々は、
政策なんて言っておれんぞ」と、大先輩は親身になって指導してくれた。あり
がたい話だが、違和感を感じざるを得なかった。 地元の声を聞くといえば聞
こえはいいが、とにかくマメに顔を出して、義理堅いところをアピールする。
特に地方の有権者は“人としての接触”を最も評価しがちだ。「あの先生はう
ちのじいちゃんの葬式に来てくれた」「わしの孫の結婚式に出て華を添えてく
れた」という要素は投票行動を大きく左右する。

私の選挙区は、JRで行けば6時間を越える時間がかかるが、飛行機で行け
ば1時間。ただ、1日4~5往復しか便が無く、本当にマメに利用した。特に
参議院は全県が選挙区なので、県東部と県西部の空港をフル活用し悪天候以外
ではとにかく飛行機に乗りまくった。1週間3往復なんてザラだった。

自分でやってみて思うが、冠婚葬祭に出なくても毎朝駅前にいなくても、国
民の声は聞ける。そんな機会は今の時代あらゆるツールを活用すれば、いくら
でも作れる。冠婚葬祭への出入りを法律で禁止すれば、本音では喜ぶ国会議員
が多いと思う。

国会議員の当選期数を制限し、最大任期を10数年に区切り、一方で地元での
冠婚葬祭への出入りを禁止する。そして国のために働く時間を区切りながらも
充実させて、成果を出せる体制を作り上げるべきだ。そうすれば、政治家の行
動と、政治家が生み出す成果は劇的に変わると思う。

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